353にゃんこ戦役
ボーゼス衆の里がボーゼス山脈にある、とはいえ、その全域に彼らの手が及んでいるわけではない。
ゆえにおよそ一〇〇名の草原の妖精族からなる制圧部隊は、山脈の一画にそびえる山岳に合わせて三つに分かれた。
その山の登り道が三つ、見つかったからだ。
エルシィは制圧部隊、つまりアントール衆を元帥杖の権能によって送れる場所まで送り、そのうえで改めて虚空モニターの画角を広げ上空から地形を見る。
神の区分によってボーゼス山脈はエルシィの支配地域外、と定められてはいるが、その場所に家臣登録されたものがいれば、その周辺に限って虚空モニターでのぞき見することができるのだ。
そのボーゼス山脈。
アンダール山脈に比べれば険しさが足りないが、それでも平地に住む常人からすれば十分に難所であろう。
それがよくわかる。
そして感心気に「ほー」と声を漏らした。
「どうした?」
そのエルシィの後ろから同じモニターを眺めていたアベルが怪訝そうな顔でエルシィに問う。
そもそもまだアントール衆は登山道の入り口にも着いておらず、当然攻めにも入っていないので、エルシィが何に感心したのかわからなかった。
エルシィは「えへへ」とごまかすように笑ってから答える。
「いやねぇ、こんな上空から見ただけで山道がわかっちゃうのですから、プロはすごいなって」
「む、確かに。オレも山育ちではあるから判らなくもないけど、それでも三つは言われなきゃわからなかったな」
「わたくしはひとつしか判りませんでした」
なぜか誇らしげなエルシィだった。
上空から見ればすべてが詳らかになる。
というわけではないのだ。
とりわけ森や山のような自然地形だと、細い道などは木々に隠されてしまうことも多い。
自動車がすれ違える程度の道ですら、自然深い場所ではパッと見判らなくなることもある。
それをすぐに判別できたのは、さすが山慣れたアントール衆と言えるだろう。
「おっと、そろそろ始まるようだ」
共に感心していたアベルが虚空モニターを指さす。
見れば、最寄りの降下地点から迅速に進んでいたアントール衆がいつの間にか三つに分かれて、それぞれが攻略対象とする三つの山道入り口にたどり着いていた。
三つに分かれたアントール衆。それらを仮にA班、B班、C班としよう。
そのA班は棟梁たるアオハダの率いるおよそ三〇のねこ耳部隊だ。
「みんな準備はいいかにゃ?」
「いいともにゃ!」
威勢はいいが、一応敵地を前にして皆控えめな声である。
ともかく意気込みを充分に感じたアオハダは、コクリと頷いて右手を肩より高く上げる。
「では皆の衆、全進にゃ!
Los! Los! Los! にゃぁ!」
アオハダの号令一下、前衛と定められた草原の妖精族たちが一斉に山道へと駆けだした。
「元気がよくて大変よろしいにゃ!」
いざという時はエルシィの盾となるように、と棟梁から仰せつかり残った草原の妖精族、カエデは虚空モニターを眺めながらそう笑った。
前のめりになる彼女の様子から、言葉ほど落ち着いているわけでもなく、むしろ気持ちは前衛衆と共にあるようだ。
ちなみに残ったねこ耳は彼女だけというわけではない。
一応、カエデの差配で動かせる成猫である草原の妖精族が数人だが控えてはいる。
まぁ彼らはあくまでいざという時のための人員なので、呼ばれない限りはその姿を見せない。
そんなカエデの顔も、しばらくして曇りの兆しを見せた。
見れば、モニターの向こうでアオハダたちがザッと急停止をして見せたからだ。
「何があったのでしょう?」
「ああ、どうやら最初の接触のようだ」
アベルに言われ、エルシィは急いで虚空モニターの視点を、上空からアオハダたちの側へと移動させた。
その視線で見れば、アオハダたちの登る坂の上に丸太を積み上げたようなバリケードが築かれており、その向こうから二人の草原の妖精族が顔をのぞかせていた。
「同族とお見受けするにゃ!
その方らは物々しい支度で我らの里山へ何しに来たにゃ!」
バリケードの向こうのねこ耳がそう問うてくる。
対してアオハダは腹を立てた様子で言い返す。
「しらじらしいにも程があるにゃ。
我らの主君に対して、先に敵意を示したのはそっちの方にゃ!」
だが、言われたボーゼス側の二人は困惑気な様子で顔を見合わせる。
その末に、首をかしげながらまた問いてくる。
「何のことか一切わからないにゃ。
お前たちはどこの猫にゃ? ご主君とはどちらのお方にゃ?」
この言葉にアオハダ始め、エルシィに忠誠を誓う猫たちは一斉にいきり立った。
「寝とぼけるのもいい加減にするにゃぁ!
この期に及べば問答無用。掛かれにゃ!」
「にゃあああぁあぁぁ!」
鬼の形相で登ってくる猫たちに、ボーゼス側の二人は血の気の引いた顔になる。
「うわ、来たにゃ」
「丸太切って里へ逃げるにゃ!」
「わ、わかったにゃ、早く切るにゃ!」
言うや否や、バリケードだと思っていた丸太が縄の呪縛を解かれ、一斉に坂を転がり落ちてきた。
つづきは来週の火曜に