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342演奏会の終わりに

 さて、そんなエルシィたちを観客席から見止めた者たちがいた。

 先ほど野太い声でユスティーナに声援を送っていた男たちだ。


「おい、あの少女は何だ?」

「……ユスティーナ様のお友達ではないか?」

「いやしかし……お友達だからと言って、あのような特別席はちとズルいのではないか?」

「む! 確かに。ワシもあのような席でユスティーナ様のお姿を眺めたいものよな」

「だが我らのような厳つい男では、ユスティーナ様に近づくだけで警士を呼ばれるかもしれん。だからお友達にはなれぬ」

「わかっておる。だからこそこうして遠くから応援しておるのだ」


 数人が語り合い、羨まし気にぐぬぬとエルシィたちを眺める。

 そんな彼らに呆れたため息顔で声をかけるのは、彼らの兄貴分だ。


「なんだお前ら、本当にわからないのか?

 あのお方は先だってこのセルテ領においでになられた新しい侯爵様ぞ」

「なんと! さすが兄貴。よく知っている」

「すると侯爵がユスティーナ様のパトロンという噂は本当だったか」


 兄貴分の言葉に納得したように数人が頷き、また一人が憮然とした表情になる。

「パトロンとか……なんかそういうの好きになれんな。

 金を出せば特別に優遇されるなんぞ……なにか、大人の汚さを感じるわい」

 大男がなんともウブなことを言いよる。


 兄貴はまた呆れた顔でその男を軽く小突いた。

「阿呆。この舞台を整えたのも侯爵様の配下であるぞ」

「なんと!?」

「だいたいユスティーナ様にも生活はあるし、この舞台だってタダでできるものではない。

 吟遊詩人の演奏は慈善事業ではないのだ」

「む、むぅ……」

「むしろスケベそうなヒヒジジイに囲われているより、よっぽどいいではないか」

「確かに!」

 男はようやっと納得したようだった。



 そんな会話があったなど露とも知らず、エルシィたちはユスティーナの歌と演奏を楽しんだ。

 もちろん彼女だけではない。

 協力者として舞台で演じているのは、同業の吟遊詩人たちだ。

 同業ゆえにやっかみもあるが、それでもやはり()()()()()演者の元には人が集まる。

 あやかろうとする者もいれば、純粋に祝福して手伝ってくれるお人よしだっている。

 今日、集まっている吟遊詩人たちはそんな者たちの一部だった。


 また彼ら彼女らは皆ユスティーナより年長であり、演奏もコーラスも達者だ。

 そんな吟遊詩人たちに支えられたユスティーナの舞台は、一種異様なまでに美しい世界観を作り出していた。

 観客の殆どはウットリと聴き入り、中には目を瞑り浸っている者もいる。


「不思議なものですねぇ。もとはただ殺風景な石畳の舞台なのに。

 何かキラキラしています」

 それを称え表し、エルシィはそうつぶやいた。

 初めてエルシィの前に来た時のあのオドオドとした少女はもうそこにはいない。

 たまに恥ずかしそうなはにかみの笑顔を浮かべるが、自分を卑下するような雰囲気は見て取れない。

 彼女は御業など使わなくとも、多くの人を魅了する歌い手となったのだ。


 そんなエルシィの言葉と様子を見て、フレヤはふふんという顔でヘイナルを見、ヘイナルはバツの悪そうな顔でフレヤに応えるのだった。


 さて、楽しい時間というのは行き過ぎるのが早い。

 エルシィたちと多くの観客が聞き惚れている間に、何曲もの歌が耳を通り過ぎて行った。

 もちろん、そのあとに残るのはあたたかな小さな灯だ。


 そうして最後の曲が終わると、ユスティーナは盛大な拍手に向かってカーテンコールの礼を執る。

 長い長いお辞儀の後にキラキラと光る汗を振りまきながら頭を上げると、うれしそうな顔でエルシィへと振り返った。

 振り返り、観客に向かってこう言った。


「みなさん! 今日は私の大切な方が応援に駆けつけてくれました。

 この広大なセルテ領を前侯爵さまより禅譲されお導きくださいます、ジズ大公家のお姫様にして私たちの新しい主人となった、エルシィ陛下です!」

「はえぇ!?」


 エルシィにとっては青天の霹靂に爆弾投下であった。

 まさか自分がこの観客の前に引っ張り出されるなんて露とも思っていなかったのに、いつの間にかそうなっていた。

 エルシィはユスティーナに引っ張られて舞台に上がる。

 もちろん、キャリナや近衛二人もそっと後について上がる。


「ひえぇ……」

 舞台に上がると観客の目がエルシィに集中した。

 皆、エルシィのことは噂には聞いているが、その噂がどれも信じられないものばかりであったため、歓迎しつつも困惑げであった。

 当然ながら、この歓迎の場では「ユスティーナが紹介するくらいだから」というプラス査定でしかない。


 エルシィも多くの人の前に立つのはこれが初めてではない。

 だが今まであったそれは彼女に従う騎士や警士。いわゆる軍部の人間を前にするばかりだった。

 その時はエルシィも、元帥杖の力を借りているのもあってあまり緊張はなかった。

 発する言葉も先に考えてあった演説であったり、戦意向上のための鼓舞であった。


 だが、急に引き上げられたこの観衆の前で、エルシィは何をどうすればいいかわからなくなった。


 エルシィのぐるぐる回っている目を見て、ユスティーナは「やっちゃったかな?」と考える

 ボクが急に引っ張り出しちゃったから慌てちゃったんだ。

 そしてどうしたらいいかと思案する。

 こんな時、ボクならどうすれば落ち着くかな?

 つい自分に当てはめて考えてしまった。


 自分がこうして急に観衆の前に引っ張り出されたら。

 何を話していいかわからない。そんな時は。


 そう、何はともなく歌えばいいのだ。


「それでは、エルシィ様から皆様へお言葉の代わりに一曲」

 ユスティーナはそれと知らずに更なる爆弾を落とした。

続きは金曜に

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