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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第四章 大領セルテ編

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340フレヤとヘイナル

 男たちがあまりにうるさくてユスティーナの歌と演奏がよく聴こえない、と、エルシィが不満を抱き始めた時。

 彼女を呼ぶ声がどこかで聞こえた。

「エルシィ様、こちらです」

 きょろきょろと見回すと、群衆の隙間からそっこりと近づいてきた狸顔の美少女が目に入る。

 エルシィの側近の一人でもあり、元々は近衛の一人でもあるフレヤだ。


「あれぇ? こんなところでどうしたんですか?」

 きょとんとしてエルシィは首をかしげる。

 が、当のフレヤは肩をすくめて野太い声の男たちをじろりと見る。

 その目が「ここでは話もできないので移動しましょう」と無言のうちに語っていた。

 エルシィは今日の側仕えたちと頷きあって、フレヤの後について群衆から抜け出すのだった。



 楽屋裏というか舞台袖、というか、ともかくユスティーナが演奏している石畳舞台の脇に連れてこられたエルシィたち。

 そこで先導していたフレヤがニコリ顔で振り返る。

「こんなところでエルシィ様にお会いできるとは思ってもおりませんでした。

 今日はラッキーデイに違いありませんね」

「そ、そうですか。それは良かったです。えへへ」

 フレヤはいつもの調子ではあるが、最近では夕夜の報告でしか会ってなかったのでそのノリが控えめに言って眩しかった。

 あまりの眩しさにエルシィも少し引き気味だ。


 その場所は舞台から近しいが演奏の音は少し届きづらい位置のようで、その分、互いの話し声はよく聴こえる。

 観客たちの声援も同様である。

 ここなら話をするに不都合はないだろう。

 ということでまず口火を切ったのはエルシィの筆頭護衛、ヘイナルだった。


「お前はどうしてこんなところにいるんだフレヤ。お役目はどうした?」

 元々はヘイナルとともにエルシィの近衛を務めるフレヤだったが、最近ではエルシィから別命を受けて動いている。

 それはヘイナルも知っていた。


 簡単に言えばフレヤのお役目は領都内にある孤児院の監査だ。

 今はおおよその不正は暴き切っており、それぞれの孤児院経営の健全化に乗り出しているところだと聞いている。

 もっとも、そうした経営運営についてフレヤが指揮をとれるわけないので、基本的には付けられた文官たちの仕事であり、フレヤはその監視や孤児院の子供たちのケアが仕事となる。


 ヘイナルから少し厳しめの目を向けられ、フレヤは口を尖らす。

「ええと……?」

「? どうした?」

「……いえ。今日は非番ですよ。

 エルシィ様から頂いた使命はちゃんと果たしています。

 ですが、一〇日に一度は休みをとれ、というのもエルシィ様から頂いた崇高な使命なのですよ」

 えへんと胸を張ってそう言い放つフレヤはとても誇らしげであった。

 時折、エルシィの方をちらちら見ているのは「褒めて褒めて」という無言のアピールだろう。


 エルシィもそれに気づいて「えらいえらい」と小さくうなずいて見せる。


 ヘイナルは少しバツの悪い顔をする。

 彼は彼の仕事に忠実ではあるが、彼の仕事は「エルシィの近衛」であり、それを与えたのはジズ公国の大公陛下である。

 考えてみればヘイナルがエルシィから下命されたのは「近衛府の整備」であった。


 これは結局、人員不足を解消できず上手くいかなかった。

 結果として、近衛府でエルシィの護衛を増やす件は脇に置いて、ヘイナル自ら護衛任務に戻ってきているのだ。


 それでも要人警護の仕事が近衛府の任であることは変わりなく、近衛府長であるヘイナルはエルシィの護衛と近衛府の差配で昼夜問わず忙しい。

 つまり「一〇日に一度は休みをとれ」というエルシィの言葉も守れていなかった。


 何を置いてもエルシィの言葉第一であるフレヤの真っ直ぐさには、ヘイナルもちょっと気まずい思い抱くのだった。


 と、そこでヘイナルはフレヤの言葉の最後らへんをふと思い出す。

「……というかお前、私のこと忘れてただろ。

 ヘイナルだ。何年一緒に仕事してきたと思っているんだ」

「最近、会う人が多くなってちょっと記憶が押し出されていただけです!

 もちろん覚えてますよ……顔は」

「エルシィ様の側に仕えてる時も多くの人と会ってただろう」

「そ、そうですが、それはエルシィ様に会いに来た人でしょう。

 それを憶えるのはエルシィ様であって私の仕事じゃないです」

「……護衛するのに近辺の人物のことを知らないでどうするんだ」

 ヘイナルはあまりの情けなさに両手で顔を覆った。

 今度はフレヤが気まずそうに目を逸らす番だった。


「はいはい、近衛の心構えについては後日、ヘイナルがフレヤを再教育してください。

 今はユスティーナの演奏会(ライブ)についてです」

 エルシィがパンパンと手をたたきながら二人の会話に割って入る。

 フレヤは再教育という言葉に少し青くなり、ヘイナルはため息をつきながら「そうだった」と気持ちを切り替えた。


「ところでエルシィ様、『らいぶ』とは?」

「こういう生演奏会? のことです?」

 ふとキャリナに訊かれたが、いざ訊かれるとエルシィもその定義をなんとなくつかんでいるだけで言葉にするのは難しい。


「こほん。ともかく。

 ユスティーナの演奏会がこんなことになってるのはどういうわけですか?」

 エルシィが仕切り直しとばかりに改めて尋ねる。

 フレヤは満面の笑みで「はっ」と直立の姿勢をとる。


「ハイラス領のことでユスティーナが人気者になれるのは解ってましたので、セルテ領都でも彼女の仕事がしやすいように人気を()()()手伝いをしました!」


 よくよく訊きだして見れば、広場の舞台をリフォームさせたり、人を集める宣伝をさせたり、ユスティーナを飾り立て作詞について口出したり、演奏会のセットリストを整えたり、すべてフレヤの指示から始まったらしい。


 もちろんユスティーナに魅了されて手伝った市民は数多くいるわけだが、それでもそれを統率したのはフレヤだったという。

 フレヤにはフレヤの仕事があるので、すべて片手間での手伝いのつもりではあるのだが、それでもここまで大規模になったイベントに携わったということで誇らしげである。


「なんというびんわんぷろでゅーさー……」

 エルシィは遠くを見る目でつぶやいた。

続きは金曜日に

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