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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第四章 大領セルテ編

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339/473

339巷で人気の

 駆け足してきたようで息を切らせた少女が、ダークブラウンの髪を揺らしながらエルシィたちの前までやってきた。

 エルシィの側近の一人、吟遊詩人のユスティーナだ。


 彼女が現れたことで集まっていた人たちの間にどよめきが起こった。

 だが相対するエルシィとその側仕えたちの態度がいかにも「貴顕」といった風情だったので皆遠慮して遠巻きに見ている。


「エルシィ様もボクの歌を聞きに来てくれたんですね。

 うれしいです!」

 前髪で半分隠れた瞳が輝きそして満面の笑みがこぼれ出る。

 少女らしくなったとはいえ、まだ中性的な魅力あふれるユスティーナの笑みに、囲んでいた群衆は万感のため息を漏らす。


 群衆には男女かかわらず、それどころか老いも若きも入り混じっている。

「ユスティーナは人気者ですねぇ!」

 その様子を見てエルシィもまたほうと息をついて、そして誇らしげに言う。

「そ、そんなこと……そうかな。えへへ」

 言われたユスティーナは照れ照れと身をよじった。


 エルシィとユスティーナがニコニコぽやぽやと微笑みあっている幸せ空間の外で、ひとまず懸念事項を確認しなければならない近衛府長でもあるヘイナルが二人に数歩寄る。

「ユスティーナ、この集まりはいったい……?」

 が、そう問いかけたところで、ユスティーナはハッと気づいたように顔を上げた。

「いけない、もう開演の時間だ。

 エルシィ様、またあとでお話ししましょう!」

 そう言ったかと思うと、ユスティーナは来た時のように舞台の方へと向かって駆けて行ってしまった。


「まぁ、とりあえず終わったら事情を聴きましょう」

「これでは……それしかありませんね」

 苦笑いで振り向くエルシィに、ヘイナルはそう頷くしかなかった。

 いくらこの領の運営に携わる人間とは言え、この群衆に「事情を聴くから少し待て」などと言ったら暴動が起こっても不思議ではない。


 そしてこの群衆がひとたび暴れだしたら、おそらく領都にいる騎士や警士を総動員する事態に発展するだろう。

 パッと見、ここには千人は詰めかけているのだ。

 万が一を想像してブルリと身を震わせたヘイナルだったが、すぐに首を振ってその妄想を打ち払う。

 打ち払い、いざという時にエルシィを逃がすためのシミュレーションを頭の中で開始した。



 さて、しばらくすると広場の中心にある石舞台から軽やかな弦楽器の音が響き始める。

 見るが、まだユスティーナは舞台にいない。

 いるのは美しい見目をした男女四人の吟遊詩人たちだった。


 彼、彼女らは形が違うそれぞれの弦楽器で音を奏でている。

 よく聞けば、それぞれの楽器が低音だったり高音だったりと様々だ。

 こうして重奏することによって、より耳に心地よい音楽が生まれるようだった。


 そして群衆が観客へと変貌し、がやがやとしていた会場は音楽に聴き入るようにしんと静まり返ってく。

 皆、思い思いの表情で舞台へと傾聴しているのがよくわかる。


 そして合奏されていた音楽が静かに終わりを告げる。

 だがこの終わりは演奏会の始まりを意味するものである。

 舞台袖から待望の歌姫が登場する。

 観客たちは一斉に沸き立った。


「すごいですね。いつの間にこんなことに」

 びっくりしてエルシィの目が見開かれる。

 同行している側近たちも同様の顔をしている。

 と、そこへエルシィたちのほど近いところにいた厳つい男たちの声が聞こえてきた。

 どうやら野太い声で言い合っているようだ。


「ヘイナル、アベル。いざという時は止めに入ってください」

 剣呑な争いでせっかくの演奏会をぶち壊されてはいけない。

 そう思ってエルシィは指示を出し様子を見ることにする。

「はい」

「任せておけ」

 二人もすぐに承知して、それぞれが腰の短剣に手を添えながら耳を傾けた。


 だが、どうもその内容が思ってたのと違う。

「おお、ユスティーナ様がおいでになられたぞ!」

「いつ見ても可憐じゃのう……心がほわほわするんじゃ」

「あの可憐な少女が儚げに自分のことを『ボク』などと呼ぶのだぞ。

 それを聞くだけでワシの背に電撃が走り愉悦に震えそうになるわ」

「少女だと!?

 あんな可愛いユスティーナ様が女の子であるはずがない!」

「お前は何を言っているのだ!?」

 ダメだこいつら。もう、歪んでやがる。


 エルシィも近衛二人も、すっかり目が点である。

 キャリナなどはアホを見る冷たい目で男たちを眺めていた。


 まぁ、確かに一種険悪な雰囲気になり、つかみ合いになりそうではあった。

 だがすぐにそのうちの一人、兄貴分らしい男が止めに入った。

「争うのはやめよ。我らがこんなところで争えば、ユスティーナ様にご迷惑がかかる」

 その一言で男たちは「確かに!」と息のあった声を上げ、途端に争うのをやめた。


 そして舞台でユスティーナが弦楽器を奏でつつ歌い始めると、男たちはそろった野太い声で叫び始めた。

「うぉぉぉ! ユスティーナ! ユッスティーナァ!」

 なんというとうそつりょく。

 エルシィの目が胡乱なものを見るものへと変わったのだった。

続きは来週の火曜に

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