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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第四章 大領セルテ編

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336チキンカレーその5_いただきます

 皆がそれぞれ配膳された皿の前の席に着く。

 するとエルシィは神妙な顔で「パンッ」と音を立てて手を合わせた。

 その音で料理の方に気を取られていた皆がエルシィに注目する。

 特に奇異の目を向けたのは、フルニエ商会の商会長と大番頭氏だった。


 この文化圏において食事前に何かをする習慣は、現状では、ない。

 現状では、というからにはあったこともあるのだ。

 過去、まだこの世界に神々の息吹が感じられた時代。

 その頃まで遡れば、食前に神々への感謝をささげる儀式めいた挨拶があった。


 フルニエ氏たちも知識ではそれがわかっているが、実際にやっている人を見たことがなかった。

 ゆえに、彼らの目にはエルシィのこの行動が、ひどく珍妙で古風な行動と映ったのだ。

 だが、しばし考えてハッと思いつく。

 そういえば、ジズ公国の姫は女神より祝福された使徒である。

 彼女を語る噂の中には、しばしばそのような話が俎上に出る。

 であれば、この行為も不思議ではないと納得できた。


 つまり彼女は信心深いのだ。


 見ればエルシィの側仕えたちも倣って手を合わせている。

 ここはひとつ、自分たちも従って祈りをささげよう。

 そんな気持ちで頷きあい、フルニエ氏と大番頭氏は共に手を合わせた。


 まぁ、エルシィの心情を覗き見れば、女神への感謝も祈りも粉微塵すらなかった。

 あるのは目の前にある料理への、ひいては数々の食材調味料への感謝である。

 よくぞ実ってくれました。

 よくぞ、わたくしの前に揃ってくれました。

 そんな心境である。


 そしてしばしの瞑目の後、くわっとその眼を開き、気合のこもった声でのたまった。

「いただきます!」

 と。


 いったい何に対しての呼びかけなのか。

 言葉の意味はよくわからなかったがとにかくすごい気迫を感じ、フルニエたちは(こうべ)を垂れ、神妙な気持ちでそれに倣った。

「いただきます」

と。

 そこには名も知らぬ女神への、かすかな信仰心が生まれた。


 ただ先にも述べた通り、エルシィはのこの言葉には女神への感情など一切なかった。

 あるのは食材と、それを作った人、運んだ人、調理した人への感謝だけ。

 エルシィはいつでもそんな気持ちを忘れないが、ここまで丁寧に挨拶するのは特に気合を入れて食べたい料理に出会った時だけだ。

 そして今日、目の前にあるのがその「気合を入れて食べたい料理」であった。


 すなわち、待ちに待ったカレーである。



 さて、皆が注目する中、まずエルシィがスプーンを持ち上げて皿からカレーとご飯を掬い上げる。

 本来であればここでヘイナルかキャリナがお毒見するところであるが、今回に限ってはエルシィが指示して作り上げた料理である。

 食材もフルニエ商会提供とは言え急に申し付けたものだけあり、何かを企む間もなかっただろう。

 と、エルシィが力説するので家臣たちはしぶしぶ引き下がった。


 ともかく、もしこの一口でエルシィ様に異変があれば、すぐさま典医を呼ばなくてはならない。

 そういう心境もあり、ヘイナルやキャリナは彼女の一挙手一投足に注目せざるを得なかった。


 それ以外は、未知の料理に対する興味の方が高かった。


 見つめられ、エルシィがその視線に気づく。

「あ、皆さんも食べてください?」

 気まずそうに笑ってそう言うと、他の面々もハッとしてスプーンを取った。


「では……」

 フルニエ氏がご飯とカレーを一緒に掬い上げ、恐る恐るという風に口へと運ぶ。

 何という食欲をそそる香り。

 これが……これこそがスパイシー!


 スパイシーという言葉は、特にスパイスの香りが高いことを示す言葉として存在していたが、今ほどその言葉を実感したことはない。


 そして一口。

 彼の心的風景の中に稲妻が走り、そして宇宙が広がった。

 美味い。

 その言葉だけで表しきれない、複雑でいて食欲を促す刺激。

 これは初めて味わう感覚と言ってもよかった。


 スパイスを使う料理はもちろんある。

 が、二種以上を使う料理はまれである。

 なぜかといえば香辛料が高価であることもさることながら、それぞれが個性を発揮するそれらの調味料を効果的に組み合わせるためには、試行錯誤が必要だからだ。


 二種類であればまぁちょっとためしにやってみるのもいいだろう。

 だが、これが倍になり、三倍になり、となるほどに難易度は上がる。

 同じスパイスを使っていても、その分量比率によっても味や風味が変わってくる。


 塩加減一つで料理の味というのは旨くなり、また不味くもなる。

 であれば、スパイスも一つまみの差で変わるのも必然である。

 それをこの侯爵陛下は一発で正解のレシピをたたき出したのか?


 いや、これまでの様々な積み重ねもあったのだろう。

 ともかく、美味い、美味すぎる。

 この一皿に金貨十万枚を積み上げてもいい。

 そうフルニエ氏は小さく唸り声をあげた。

やっと実食?

続きは金曜日に

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