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333チキンカレーその2_あめいろデイズ

 エルシィの指定した材料は程なくして揃った。

 当然これはフルニエ商会の大番頭氏が指示を出し、配下たちが奔走した結果である。


 そしてそれらの食材が置かれるのは商会本部の厨房だ。

「おお、なかなか素晴らしいお台所ですね!」

 案内された厨房前にエルシィが目を輝かせて感嘆する。

 実際、目の前に広がるその光景は町場で評判のレストランもかくや、と言わんばかりの設備である。


「ここは新たに入手した食材の試食や、料理の研究をするために作りました。

 ただ材料を右から左に動かすだけではイカン、というわけです」

「すばらしい。ハナマルです!」

 フルニエ商会長が胸を張って鼻を高々としながら言えば、エルシィもまた何度も頷いて各設備のキラメキを見て回る。

 なるほど、さすが大商会ともなると意識が高い。

 その心意気は丈二が勤めていた食品商社、畑等家物産にも通じるものがある。


 しかし、エルシィとともにその設備の数々を見ていたキャリナがぽそりとつぶやく。

「それにしてはやけにキレイですね……いえカマドだけは最近使った形跡が」

 その言葉に少しグサリと来た表情のフルニエ氏が、気まずそうに苦笑いを浮かべて頭をかいた。

「いやお恥ずかしい。最近は忙しさにかまけて、私や幹部たちが手抜き飯をささっと作って食べるだけの場所になっております」


 ふむ。それもやむなし。

 エルシィはまたも感慨深げに頷いた。

 丈二にも、また現在の彼女(エルシィ)にも覚えがあるのだ。

 忙しくなればなるほど、食事とはおろそかになっていくのである。


「そんなことより早く作ろうってば!

 ちきんかれぇ、だったっけ?」

 何やら設備案内になりかけたところでシビレを切らしたバレッタがテーブルをパンパンと叩く。

 皆ハっとしてそちらを注目して、それから一様に苦笑いを浮かべた。


「こほん。さぁ侯爵陛下、準備は整いました。いかがいたしましょう?」

 仕切り直し、とばかりに、食材の集められたテーブルを前にしてフルニエ氏が袖まくりをする。

 並んで、バレッタもやる気に満ちた顔で袖まくりである。


「はい、では始めましょう。

 まずは玉ねぎをみじん切りにして飴色になるまで炒めます」

 ドヤっと胸を張ってエルシィが言えば、応えてバレッタが元気よく手を挙げた。

「はいは~い! みじん切りなら任せて!

 さぁアベル出番よ!」

「オレかよ! いや、オレはエルシィの護衛が仕事だから……」

「いいからやるのよ! さっさと名剣を出しなさい」

「まさか剣の舞(シュヴェールダンツェ)でやらせるつもりか!」


 やいやいと言い合いを始めた二人の子供に、フルニエ氏はほほえまし気にしながらピタリと言い放った。

「……先に皮をむきましょう」

「……そうね」

「……オレもやるの?」

「……がんばれ、アベル」

 否応に巻き込まれるアベルであり、最後の言葉は近衛として同僚であるヘイナルの言葉であった。


 エルシィを前にして、フルニエ氏、バレッタ、アベルが三人並んで皮をむき、そしてアベルの剣の舞(シュヴェールダンツェ)によって玉ねぎ一同はことごとくみじん切りに処される。

「これは素晴らしい技ですね。さぞ名のある料理人になりましょう」

「いや、ならないよ」

 フルニエ氏や大番頭から褒められて、あまり嬉しくないアベルである。


「して、飴色、でしたか?

 それはいかなる……」

 みじんに切られた玉ねぎを前に、フルニエ氏は悩みの声を上げた。

「そうですか、飴が一般的ではないのですねぇ」

 エルシィもまたうなる。


 飴とはつまり砂糖を熱して溶かし、固めたものである。

 その過程で綺麗な焦げ色になっていくので「飴色」と例えるわけだが、そもそも砂糖が高価すぎて飴が一般に出回っていないのだ。

 いや、大商会のフルニエが知らないくらいだから、もしかするとこの辺りでは存在自体がないのかもしれない。


 いっそ大麦を使った水飴でも売り出してみようか。

 などと考えつつ、エルシィが袖まくりしながらズズイと前に出る。

「仕方ないですね。ではここはわたくしが」

「ダメです」

「あー……」

 その途端、キャリナに羽交い絞めにされ引きずられていくエルシィであった。


 エルシィは仕方なく後ろからフルニエ氏に指示をだす。

「カマドの火は弱め……中火と弱火の間くらいですかね?

 で、フライパンに植物油を引いてから玉ねぎをそっと炒めます。

 焦げ付かないようにたまにかきまぜる感じで」

「承知しました。では……」


 言われたとおりにフルニエ氏が調理を始める。

 皆がフライパンの玉ねぎに注目し少々やりにくくはあるが、その手運びには淀みがない。

 どうやら自炊していたというのもまんざら嘘ではないらしい。


「……」

「……」

「……」

「……あの」

「はい?」

 そうして始め数分が経つと、フルニエ氏が目はフライパンから離さず、恐る恐ると口を開いた。

「この玉ねぎが飴色? になるのは、どれくらい時間がかかるのですか?」

「早くておおよそ二〇分くらいです」

 きっぱりはっきりにこやかに言い放つエルシィに戦慄を覚えつつ、フルニエ氏は程よくフライパンをかき混ぜる機械になることを決心した。

飴色玉ねぎについては、我々の住む世界であれば電子レンジで下調理するなどして時短することも可能です

また強火で軽く焦げ付かせる方法もあります


続きは来週の火曜に

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