330リクルート、すべきかせざるべきか
フルニエ商会長や大番頭氏から見たら幼女にしか見えない新侯爵、エルシィ陛下からの提案を受け、二氏は唖然としつつも頭の片隅では凄い速さで計算する。
まず「果たしてこの提案を受けていいものか」という大前提があるが、それは隅っこに置いてその先を考える。
幼女侯爵のあるかわからない裏の思惑もこの際ポイである。
商会長らにとって今、最も重要なのは、かの侯爵陛下の提案が「リストラせざるを得なかった多くの商会員たちの救いとなるのか」だ。
とはいえ、退職金と言う名のいくばくかの手切れ金を渡されて明日から無職となるよりは、なんぼかましであろう。
いくつかの計算の後に二人はそう結論を出し顔を見合わせて頷き合った。
「侯爵陛下。ご提案、興味深く拝聴しました。
出来ましたらより詳しくお教え願いたいところです。
その……具体的に何をお求めなので?」
後ろの侍女あたりはいい顔をしないが、どうやら侯爵陛下は遠回しな言い方はあまり好まない様子を感じたので、最後の方はぶっちゃける。
そう、彼らの元からリクルートした商会員たちがどうなるのか、それが一番の心配事だった。
どういう心配かと言えば、商会同士でこのような大規模なリストラからのリクルートなどがあると、行った先で冷や飯を食わされるという話もよく聞くのである。
これは何もいじめと断ずることはできない。
もちろんそういう向きも多少はあるにはある。
あるがもっともらしい別の理由もある。
つまり「経験は豊富だが入ったばかりの外様」というのは、商会内でまだ信用がないのだ。
信用がないのだから重要な仕事は任されないし、場合によっては丁稚のような扱いも受けるのも仕方ない。
そこから親藩の仲間入りを目指してコツコツと信用を積み上げるしかないのだ。
そうした事情もあり、商会長たちは政府に受け入れられた者たちがどういう扱いを受け何をさせられるのか知りたかったわけだ。
これを受けてエルシィは「提案に前向きだ」と判断してニコニコ顔で頷いた。
「ぶっちゃけますけど、今、セルテ領政府は人手不足なんですよ」
「ほう、人手不足、でしたか」
そのエルシィからの答えを聞いて、フルニエ氏は心配げな顔から興味を湛えた表情へと移り変わった。
人手不足で受け入れられるなら、忙しくはあるだろうがそうひどい扱いは受けないだろう。
その悪くない反応にエルシィは続ける。
「わたくしから見れば元々全然人手が足りてなかったのですけど、それに加ええてなぜかわたくしが就任してから逃げ出したお役人さんもいまして、さらに言えば新事業もいくつかありますし全然人が足りてないのです
もうね、わたくしも忙しくて忙しくて……」
しみじみと、哀愁が漂う風を吹かせつつ、そんなことを言う幼い少女に、フルニエ商会の二人はまた少し呆気にとられる。
普通、忙しい忙しいと子供が言えば、「大人の真似をしているのだろう」などと微笑ましいシーンではあるが、事ここに関しては、エルシィの背に疲れ果てたサラリーマンの幻影が見えたような気がした。
「まぁ、収入の面ではさすがに大商会さんには及ばないと思いますけど、それでも読み書き計算ができる商人さんですから水準以上の報酬はお約束しますよ。
余剰な人員がいるならじゃんじゃんご紹介ください」
ふむ、悪い話ではない。
商会長と大番頭氏はそう考えてまた頷き合った。
悪い話ではないが、かといって即答するわけにもいかない。
ことは多くの商会員の今後の人生にもかかわることなのだ。
加えて言うなら、次の職を紹介しようとも、それを蹴って自力商売をしようという気概のある商人もいるだろう。
なにせ彼らには小麦商としてのノウハウがある。
小麦はそれなりにうま味のある商材なので、斜陽のフルニエ商会から離れたとしても家族を食わせていくくらいの商売は充分出来るはずだ。
さらに言えば「収入が減ったとしてもフルニエ商会に残る」という者もいるだろう。
これはそう多くないと思うが、それでも人生の長い期間を過ごした商会に愛着を、あるいは忠誠心を持つ者にも多少は心当たりがある。
ここはひとつ、条件などをもっと詳細に聞き出し、その上で商会員たちとよくよく話し合わなければならないだろう。
と、守りの商売が得意なフルニエ商会長は考えた。
そこで。
「とても魅力的なご提案でございます。
しかし私どもとしましてもこれに即答はしかねます。
なにせフルニエ商会は大所帯でありますので、皆とよく相談しませんことには」
と、答えた。
その回答を聞いているのかいないのか、と言う風でエルシィは「あ」と言葉を挟んだ。
あまりに唐突に、「言い忘れていた!」と言う様子の「あ」だったので、フルニエ商会長たちはすぐに言葉を止めて彼女に注目した。
いったい何を言い出すのか。
それによっては方針が大いに変わる可能性もある。
「そうそう、ここだけの話ですが、小麦の商いについては政府側でもちょっとした改革案がありまして……」
などと始めたエルシィの話は、とてもじゃないが無視の出来るものではなかった。
それは小麦売買を政府が一定の管理をし、価格の乱高下を防ごうという話である。
曰く「食の根幹である小麦の価格を安定させることで、農家さんや消費者さんの生活に一定の補償を与える」
曰く「一部商人の競争の結果で起きる価格の破壊を防ぐ」
と。
また言葉は濁したが要約すれば「大商会の一存で相場が決まるのは健全ではない」との言葉もあった。
目的を聞けばいちいちもっともであるので反論もしづらい。
特に後半はフルニエ商会にとっては耳の痛い話でもある。
だが、最大手であるフルニエ商会が傾いた今が、この政策を推し進めるチャンスであることも、皮肉ながら彼らにはよく判っていた。
そして彼らの先代。亡くなった前フルニエ商会長の行いもまた引き金になったことは想像に難くない。
この政策が実現するなら、小麦商は今ほど美味い商売ではなくなる可能性が非常に高い。
ともすれば他の商材と大した差は無くなるだろう。
これはもう商会員たちと話し合っている余裕などないのではないか。
フルニエ商会長は頭痛を覚えた様に頭を抱えつつ、やっとの思いで呟いた。
「いや……侯爵陛下はやり手ですなぁ」
「それほどでも」
エルシィは屈託ない笑顔でそう返した。
続きは金曜日に
そろそろ商会編も終わります( ˘ω˘ )




