329エルシィの提案
フルニエ商会本部の応接室では、まだ年端も行かぬ少女が商会の事務員から出されたハーブのお茶をくゆらせていた。
この少女、一見して幼女と例えてもいい程に小さな少女の他にも数人の男女がいる。
が、それでも彼女こそがこの集団の主であることは疑いようもない。
なぜなら、その少女だけが堂々と長椅子に腰掛けてお茶を楽しみ、他の者は皆立ったままに少女を中心にして位置を配し、うち二人は周囲の警戒も怠らない。
この様子を見て軽鎧を着た青年や、おそらく最年長と思われるシックカラーのワンピースをまとった女を主だと思う者はいないだろう。
だが、丁稚奉公の少年に呼ばれたはいいがこの集団が何者かと聞かされていなかったフルニエ商会長は、さすがに面食らった。
フルニエ氏は戸惑いつつも商人らしい癖でそれを表に出さず笑顔を浮かべ、ひとまず慇懃にお辞儀をして見せる。
誰かわからない以上、ひとまず礼を失せず対応するのが良いだろう。
なに、お辞儀も敬いの言葉も一切のお金がかからないのだから損はない。
「私がこの商会を切り盛りする長であるフルニエでございます。
ええと、本日は父の弔問か何かで?」
見知らぬ人の訪問と言って真っ先に思い浮かんだのがそれだった。
故フルニエ前商会長は長年大商会を切り盛りしていただけあって顔がとても広かった。
もちろん現会長である子フルニエの顔も広いが、攻めの経営で商会を大きくし続けた父フルニエ人脈と言えばそうそう比肩できるものではない。
ゆえに「そんな父への悼み客かな」と思ったのだ。
実際、父フルニエが亡くなってからこっち、彼が見たこともない弔問客が何人か訪れているのだ。
さて、問われた当の少女はにこりと笑って静かに頷いた。
「ええ、それもありますが、そちらは商会の方に案内していただき済ましております。
今は商会長さんにお話が合って面会の取次ぎをしていただいたところです」
はて。とフルニエ商会長は首を傾げた。
この少女が誰なのか、とんと見当がつかない。
だが、丁寧な口調ではあるが大商会の会長を前にして椅子から立ち上がるでもない。
これはつまり、彼女の方が立場が上である、と、少なくともこの少女陣営は考えていると言うことになる。
そこまで頭をひねって、フルニエ氏はハッとした。
ハッとして、急ぎその場で跪いた。
共に来ていた大番頭の老人もまたそれに従う。
「これは……お初にお目にかかります侯爵陛下。
すでにご存じとは思いますが改めて名乗りを上げさせていただきますれば、私、先日父よりこの商会を引き継ぎましたフルニエにございます」
はたして、彼の予想は正解であり、少女、セルテ候エルシィはにっこりと微笑んで手にしていたカップをテーブルに置いた。
「さてさて、今日こちらにお伺いした本題に入りましょう」
一通りの挨拶を終え、エルシィがにぱっと笑う。
これまでのおすまし顔とは一転した雰囲気に、フルニエと大番頭は戸惑いつつも「はぁ」と何とか返事をした。
「それで、本題、とは?」
今まさにピンチを迎えつつあるフルニエ商会に、追い打ちを掛けに来たのだろうか。
という不安が半分。
また父を激怒させたちびっこ侯爵に対する興味半分。といった風情でフルニエ氏が改めて問い直す。
「フルニエさんのお父さまについてはお悔やみ申し上げます。
少々の行き違いがありましたが、かの大商人であれば乗り切れるだろうと踏んでおりましたが……」
そんなことを言うエルシィを、フルニエ氏は拍子抜けして眺めた。
父があれほど激怒したからにはよっぽど耐えかねるような相手だろうと思ったが、この様子だと父の独り相撲だったのでは、と察してしまったからだ。
どうも侯爵陛下においては、確執の「か」の字も見えはしない。
いや上手く隠しているだけかもしれないが、もしこの御歳でそれができているならそれはそれで傑物である。
まぁ、父フルニエの死因は巷でひそかに流行るメコニームと言う怪しげな薬物らしい。
ある商会員の評価によれば「使用が過ぎると感情が先鋭化することがある」と言う。
おそらく父のアレはソレが原因だったのではないか。
そう、あらためて納得した。
ともかく、そんな侯爵陛下の言いように、フルニエはまた「はぁ」と曖昧な返事をしつつも、お悔やみの挨拶については深々と御礼申し上げた。
「さて、色々ありましたがとにかく現状です。
フルニエ商会は窮地に立たされています。
そうですね?」
本題と言いながら前置きが長くなったが、ようやく本題の本題である。
言われ、フルニエ氏はキリリと眉と気持ちを引き締めて頷く。
「いえ、お言葉を返すようで恐縮ですが、陛下。
まだ窮地とは言えません。
非常にきわどい情勢ではありますが、我がフルニエ商会、この程度で傾くと思われては心外です」
それは殆ど強がりであった。
確かにまだ絶体絶命ではない。
だが、それは「まだ」という話でしかなく、このまま行けばフルニエ商会と言う大木はもう倒れるしかないのである。
乾坤一擲のリストラを刊行し、ようやく商会を残すことができるレベルであり、そうなればこれまでの大商会ではなく、有象無象のいち商会に転落することは間違いない。
「そうですか。さすがあの大商人の跡を継ぐ方だけあるようですね。
しかし、それでも多くの商会員に暇を出さなければならないのではありませんか?」
「うぐ」
考えていたことそのままに言い当てられ、フルニエ氏は絶句した。
これは、すでに商会の状態をよっぽど深く把握されているな。
そう、判断した。
しながらも、このちびっこ侯爵は何を言いたいのだろう。と新たな興味が沸いた。
情報を集め我が商会の現状を知っていたとして、為政者からすればそれがなんだ、と言うところだろうに。と。
その答えはすぐに示される。
「多くの商会員さんが路頭に迷うことになりますね。
それはこの領を治めるわたくしにとっても悩ましい事です。
なので、提案に来ました」
「提案、ですか?」
ほら来た。やっと彼女の目的が判る。
「わたしたちセルテ領政府は、一緒に働く仲間を広く募集しています。
というか、いっそフルニエ商会ごと来てみてはいかがでしょう。
アットホームな職場で大変働きやすいと評判ですよ?」
まさかのリクルート案内に、フルニエ氏も大番頭も唖然とせざるを得なかった。
続きは来週の火曜に




