319暴走を始めるフルニエ
商人たちとエルシィの謁見会合が終わり利を提示された二商会があわただしく動き出したころ、いち早く城から退出したフルニエ商会長は自らの商会本部に戻ってプリプリと頭から湯気を噴き出していた。
「どうしたんだオヤジ。新侯爵陛下との謁見はうまく行かなかったのか?」
顔を真っ赤にして戻って来た父、フルニエ商会長を見て、息子であり留守を預かっていた副会長が問う。
息子、とは言うが商会長がすでにいい歳でもあるので、彼もまたいい歳だ。
具体的に言えばもう青年から中年に移り変わるあたりだし、彼のさらに子供たちもそろそろ見習い期間を終える頃だ。
そして彼もまた商会を仮にでも預かるに値する商人であると、ここに記しておこう。
「ここではオヤジと呼ぶな。会長と呼ばんか」
「会長と呼ばれたいならもっと冷静に、その器を示してくれないか。
そんなにプリプリしてたら商会のみんなが委縮するだろう」
「……ちっ、口ばかり達者になりおって」
そんな軽い親子の会話を交わしつつ、フルニエ会長は空けられた執務席の座り心地の良い椅子に深く腰を下ろした。
「あのガキ、ワシを、いやワシら商人を馬鹿にしおって……」
虚空を睨み、おそらくまだ子供だという侯爵陛下を思い浮かべているのだろう。そんなことを呟いた己の父に、副会長は呆れため息交じりに訊ねることにした。
「いったい何があったんだ?」
と、聞いたが最後、フルニエ会長の口からは事の顛末と、そしてこども侯爵についての罵詈雑言が小一時間ほど飛び出した。
副会長はこれをすべて黙ったまま聞いた。
そしてさらに呆れの感情を深めた。
その呆れの向く先は、当然ながら己の父、フルニエ会長に対してだった。
オヤジ、さすがに短気が過ぎる。
っていうかその程度のジャブはそこそこの規模の商談をする時は自分が放つくらいだろうに。
……いや、年端も行かない侯爵陛下に先制パンチで出されたからこそ腹立てたのか。
分析しつつ、さらに父の態度に腑に落ちぬものを感じる。
そう、いくら相手が幼かろうが相手は遥か雲の上におわす貴顕の存在である。
その相手にこうまで腹を立て冷静さを欠き怒鳴るなど、一〇年も前の父であればあり得なかったはずだ。
やはり人間、歳には勝てないと言う事か。
最終的にはそう判断する。
しかし、と続けて考える。
これはマズいことになったのではないか? と。
当然こちらが出資すれば何らかの旨味はあったはずなのである。
父が、いやあらゆる商人が最も欲するであろう街道の優先通行権は無理だったとしても、何らかの大きな見返りがあったはずだ。
それを初手で聞きもせず出て来たとは。
しかもこの領地において最高の権力者である侯爵陛下に失礼をかまして、追い出された態である。
首が繋がっているだけ穏便だ。
もっとも、今後のフルニエ商会に対して侯爵の感情は良くはないだろう。
これが商会の今後に、まったく影響はない。などと言う事はないだろう。
まぁ、それでもフルニエ商会はセルテ領最大の小麦商だ。
多少の浮沈があろうがゆるぎない地位ではあるので、副会長はため息をつきながらも、そう悲観的な感情はもっていなかった。
次の会長の言葉を聞くまでは。
「あの侯爵め。多少痛い目を見せて解らせてやらんといかん。
商人を馬鹿にすると国が立ちいかなくなると言う事を、とくとな」
「おい、オヤ……会長? 何する気だ?」
焦り、副会長もまた声を荒げる。
息子のこの態度に少し気を良くしたフルニエ会長は、口角を邪悪に吊り上げつつ答える。
「我が商会がこの冬に国内へ回す予定だった小麦の流通をな、止めてやるのよ。
ワシを怒らせたのだからそれくらいはして困らせてやらんとな」
はっはっは、などと愉快そうに笑う父を見て、副会長は痛みを覚えるように頭を抱えた。
この父、アホか?
「そんな子供のケンカじゃあるまいし」
「だからお前は甘いのだ」
だが、父よりそう告げられ、息子副会長は怪訝そうに顔を上げる。
その視線の先で、父、フルニエ会長はしたり顔を浮かべつつ続けて口を開いた。
「よいか。商人同士であれば裏の裏をかくような罠を張り合うこともあろう。
だが素人相手なら単純に解かりやすく力を見せつけるように殴りつけるのが最も効果的なのだ」
食卓におけるもっとも重要な要因。
それが穀物。
その穀物の王である小麦を国内の半分も握っているのがフルニエ商会だ。
であれば、小麦の流通を止めると言う事は、食卓のパンが最低でも半分に減ると言う事である。
実際には価格の暴騰などが起こるだろうから、庶民の食卓に上るパンは半分以下になるだろう。
そして父は「この結果を望んだのは愚かな侯爵陛下である」とでも喧伝する気なのだろう。
これは確かにお上は困り果てるに違いない。
そして単純ゆえ対処も簡単であり、難しい。
最も早く単純明快な解決は、侯爵が父に「売ってください」と頭を下げればよい。
だが侯爵自身がどうあろう、側近がそれを許さないだろう。
そして最悪な解決は暴力である。
すなわち、国軍を持って我が商会を無法に潰しに来ることだ。
無法に、とは言うが、侯爵と言う絶対権力者の仕儀に法などあって無きものだ。
これが実行されれば多くの商人は反発するだろうが、それでもまかり通るのが怖いところである。
まさかそんなことにはならないだろう、と思いつつも、副会長はその身をブルリと震わせた。
ふるにえぇ……_(:3」∠)_
続きは金曜日に