314エルシィと商人の会合
「皆さんがこの日ここに集まったと言う事は、あの件に関する話と言う事でよろしいですな?」
「当然、あの件でしょうとも。
私どもの規模の商会となれば、とても見過ごすことはできない話です」
「然り。むしろ見逃すボンクラであれば、下から追い上げて来る数多の商会からすぐに引きずりおろされるでしょうな」
「はっはっは」
「はっはっは」
初老から老境と言う商会長たちが、表面的には和やかに、内心ギスギスとした交流を続ける。
どの頭にもあるのは街道整備事業ではあるのだが、その口からは「あの件」としか出てこない。
これは万が一、他の商会長の目的が違かった場合、自分の口から情報を漏らしたという失態を犯したくない為の、言わば保身だ。
そんな笑顔を被ったにらみ合いが続く中、ついにその空気を破る者がやって来る。
「静粛に。侯爵陛下がいらっしゃいます」
まず入室してきた薹の立った侍女風体がそう言った。
いや、彼ら商会長たちから見て「年季が入っている」と思っただけであり、当の侍女頭キャリナはまだ二〇代に入ったばかりの若者である。
ただ彼らのような金回りの良い上流商人ともなると、その子女の結婚は特に早いためそういう判断になるのだ。
もっとも、この文化圏において十代で結婚するのが普通であり、他市民や良家の子女から見ても少々婚期を逃した感は否めないのであるが。
ともかく、そうした空気の中にキャリナは平然とした顔で入ったかと思えば、無遠慮な無言の圧を送る爺どもに「キッ」ときつい視線を向けた。
まぁ、それでひるむようでは大商会を切り盛りするなど出来ないだろう。
彼らは肩をすくめて目を逸らすにとどまるのだった。
さて、そうしたやり取りを経て三人の商会長たちは立ち上がる。
侍女は所詮侍女であるが、その仕える主人たるはこの領地にいて最高位におわす貴顕の御方である。
いくら街では下にも置かれぬ扱いを受ける彼らであっても、敬わないという選択肢はない。
むろん、その心の中まで推し量ることはできないが。
果たして、数人の若い護衛を引き連れて仰々しくも入室して来たのは我らがエルシィ陛下である。
彼女のそのお姿を見た三人が最初に思ったのは「ホントに小さいな」であった。
噂ばかりがいろいろ入って来るが、本人を見たことある者は市井にあってほとんどいない。
まだハイラス領にいた頃ならばそれでも街に散策に出る気楽さが少しはあったが、セルテ領にあってはエルシィに隙間ほどの余裕も無いためだ。
例にもれずチェレット商会長もエルシィを見て「小さい。八歳と聞いているが……?」と首を傾げる。
人を見るに長けた彼らから見ても、エルシィの身体はどう見てもさらに二つは年下にしか見えない。
おそらくエルシィが日本の小学校に入学したなら、背の順では学年でも最前列に並ばされるレベルである。
そんなエルシィを不躾ながらにも眺めることができるのは、ここが謁見の広間ではないからでもある。
もしここが謁見の場であれば、彼らは許可が出るまで跪き頭を垂れたまま待つのが礼儀となるだろう。
謁見ではないのでそこまでは求められず、とは言え着席は許されず、発言も当然許されず、直立不動にてこの大領の君主を迎えるのである。
程なくしてエルシィが静々と上座に着くと、先の侍女がその主より小声で言付けを受けて代弁する。
「着席を許します。またこの場においては直言直答を許すとの仰せです」
この言葉を聞き、チェレットはものすごく小さく「ホッ」っと安堵を漏らして深々と腰を曲げて頭を下げた。
これは他二名も同様のタイミングで頭を下げており、その状態でそれぞれが視線を送り合う。
無言ではあるが「誰が代表で挨拶するのだ?」というやり取りだった。
短いやり取りの後、ここは最年長でもあるシレリ商会長がその任を引き受けた。
「侯爵様。この度は我らの求めにこのような場をご用意していただき、まこと身に余る光栄でございます」
そんな定型の挨拶文言から始まり、しばし美辞麗句を並べ立てたシレリは、最後にこう締めくくった。
「気持ちばかりでございますが、今日の出会いを記念して我らそれぞれより贈り物を用意しております。
どうかお納めいただけますよう、伏してお願いいたします」
言いつつまた頭を下げ、その水面下で「当然用意しておるよな?」と他二名に視線を送る。
これにはチェレットもフルニエも小さく頷いて返す。
エルシィはこれを受け表面的にはにこやかに頷き、内心ではため息をついていた。
偉い人と初めて会うのに手土産を持参するのは、少なくともこの文化圏においては常識だ。
そしてこれは賄賂ではなく、その証拠に贈り物を受けたお偉いさんは返礼として受けた以上の価値物を下賜しなければならないのである。
ここは微妙なラインであり、もしこれに金品ではなく何らかの権利の融通と言う形で応じたなら、それは賄賂と言う事になるだろう
まぁ、賄賂であってもそれを取り締まる法が無ければ問題はない。
そして領地のトップたるエルシィを縛る法など存在しないのだ。
とは言え、変に融通利かせても後々面倒なのでエルシィは返礼品を下賜するつもりではある。
つまり貰ったから得と言う事はまったくなく、貰えば貰うほど損なのである。
ただ、これから彼らに出してもらう金額を考えれば、返礼品など物の数ではないだろう。
そう思いなおしてエルシィは心の中でニヤリと笑った。
続きは来週の火曜に




