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312城へ向かう

 数日後の午後、早めに昼食を終えた大商会の長チェレットは、見栄えが良いながらも清潔感に配慮した仕立ての良い服を着て執務室で待っていた。

「チェレット様、馬車の用意ができました」

 と、すぐに目的の報が届き、チェレットは大仰に頷いて見せる。

 報告の相手は本日御者を務める中年男であるが、これまた彼の商会にて長年勤めたベテラン御者である。

 チェレットも彼を信頼しているからこそ、大商(おおあきな)いになるかもしれない今日と言う日に、彼を御者として指名したのだ。

「うむ、いま行く」

 行く先はこのセルテ領の政治的中心、領主の住まうヒナゲシ城だ。


 背の高い商会本部の建物からその前に控えていた馬車まで出て行くと、ドアの前には初老の筆頭番頭が待っている。

「私がここで代理を務めておりますゆえ、会長は思うがままにご商談を」

「任せるぞ。お前が商会を見てくれているなら安心して望めるわい」

 そう言葉を交わし、チェレット商会長は少々でっぷりとした腹を揺らしながら、さっそうと馬車に乗り込んだ。



「こちらへどうぞ」

 城に着き、今日のアポイントメントの確認から身体チェックまで面倒な手続きを終えたチェレットは、申次(もうしつぎ)に案内されて城内に招かれる。

 先代、先々代の侯爵から数えればこれまでに数度、この城を訪れている。

 が、そのいずれも謁見の広間にて高いところに座します侯爵陛下に対し跪き言葉を交わすに過ぎなかった。


 だが今日はどうやら今までと違い、案内先は謁見の広間ではないようだ。

「侯爵陛下もワシの訪問を重要と捉えておいでなのだな」

 そう呟きながらチェレットはほくそ笑む。

 この時点で今日の商談が上手く行くであろうという予感を膨らませた。


「今日の謁見……いえ、会合はこちらで行われます」

 そうしているうちにたどり着いたのはどうやら城内の会議室の一つらしい。

 領主が住まう城らしくそのドアは荘厳な彫り物が施されてはいるが、謁見の広間などに比べれば華美さには欠け、どちらかと言えば落ち着いた雰囲気であった。


「案内ご苦労様でした。こちらを……」

 チェレットは威厳を損なわないようにデンと構えながらも丁寧な言葉づかいでポケットから取り出した硬貨を一枚、申次の少年の手に握らせる。

 が、これは少年の方が慌てて首を振り銀貨をつき返した。

「こ、困ります! 私どもは陛下より充分な御恩を頂いております故、こうしたモノを受けとるわけには……」


 ふむ、以前とは大違いだな。

 新しい鉄血侯爵はよっぽど厳しいお方と見た。

 付け届けが効かぬとなると幾らかやりづらくはあるが。


 と、肩をすくめながら銀貨をポケットに戻し、それとは別にバッグから小さな包みを取り出す。

「砂糖菓子です。これくらいなら良いでしょう?

 ご同僚の方々とお分けください」

「ありがとうございます」

 砂糖も高級品ではあるが、見れば包みも小さい。

 これくらいならまぁ、と申次の少年はニンマリと微笑んでそれを受け取った。


 そんなやり取りを経てチェレットは案内された部屋のドアを開ける。

 重く分厚い扉ではあるが、運動不足のチェレットとはいえどさすがに難なく開く。

 続けて部屋の中をざっと見渡そうと視線を動かし、そこで彼は硬直した。

 会議室内には使用人たち以外にあと二人、見知った顔があったからだ。


「シレリ商会に、フルニエ商会……」

 それは彼の商会同様、セルテ領にてトップ集団に属する大商会の長達であった。



 同時刻、我らが侯爵陛下たるエルシィは、侯爵の為の執務室にてひと時の休息にふけっていた。


 執務机からほど近いところに設えられた応接セットのソファーに寝そべり、頭は侍女頭キャリナの腿に乗せられ、その周囲には毛並みよく整えられた数匹の子犬が侍っている。


「あー、至福ですねぇ」

 なでれ、と言わんばかりにエルシィの腹に乗ろうとする子犬をぎゅっとしながらも、自分は自分でキャリナから頭を撫で続けられる。

 主が自室以外でこのような姿をさらすことについて、キャリナも初めはいい気分ではなかった。

 ただ、こうでもしないとエルシィが休息を取ろうとしないので仕方なしに始めた行為である。


 が、始めて見ればこれはこれで案外楽しいものだ。

 自分の半分以下しか生きていない子供の髪と言うのはとてもサラサラで撫で心地は良いし、何より頭だけとはいえこうして人の体温を感じるのはなぜか安心する。

 加えてかわいい盛りの子犬までついてくるのだから言うことはない。


 ちなみにこの子犬たちは何かといえば、山の妖精族(クーシー)のレオくんと共に郵便業務についた犬たちの子である。

 まだ仕事するには小さすぎるゆえ、こうして城内にて預かっているのだ。


 まぁ、城内で働く官僚たちの子どもの為の専門の預り所もあるのだが、それはそれとして子犬たちはこうしてちょくちょく姫の元に遊びに来るのである。


 と、そこへノックと共に執務室に入って来る者がいる。

 ちょうど部屋の前で警護番をしていた神孫の双子の一人、アベルだ。

「エルシィ。客が揃ったようだぞ」

 そんなことを告げるアベルの後ろからは、ちょろっと顔をのぞかせる山の妖精族(クーシー)のレオ。

 おそらくこの連絡を持ってきてくれたのは彼なのだろう。

 ついでに姫様に褒めてもらおう、という感じで覗いているのだ。


 ところが、見ればエルシィの傍らには彼のお友達でもある子犬たちがすでにもふもふ集まっているではないか。

「わふぅ! ボクも!」

 レオはたまらずわーっと駆け出して子犬の群れとエルシィのいるソファーへと飛び込んだ。

続きは来週の火曜です

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