309道路族ダマナン家
三十代前半洒落男の元将軍マケーレは、ウキウキの足取りで家路を急いだ。
家路と言ったが、普段彼は将軍府の所持している独身寮的な官舎に住んでいるので、目指しているのは実家である。
この度、セルテ侯エルシィ陛下より任命された「路司の長」と言う職務について、父であるオノーレ報告しようと思ったからだ。
繰り返すがマケーレで三十代前半である。
かなり若く見える上に独身であるがゆえか好むファッションも比較的若い。
その為、何かと若造扱いされるが言うほど若くもない。
そのマケーレがわざわざ家族に報告しようと思い立ったのには訳がある。
街道建築などという仕事に粉みじんも興味なかったゆえに会議室を出てから気づいたのだが、よくよく考えてみれば彼の父は築司において道路普請を担当する課長であった。
であれば、これから仕事の進め方を教わったり何かと顔を合わせる機会も増えるだろうと、そういう思惑がある。
あるにはある。
が、それは建前である。
マケーレの生まれたダマナン家と言えば道路普請の官職に代々多くの人材を輩出している名家なのだった。
いわゆる道路族と言うやつだ。
マケーレも子供のころから道路関連の仕事を期待されてはいたが、本人に全く興味が無かったので途中からは半ばあきらめられていた。
それゆえ、マケーレは父のため息顔ばかりを見て育った。
その父の喜ぶ顔が久々に見られるかもしれない。
と、思ったら、年甲斐もなく浮足立ったのだ。
「やったぜ! オヤジィィ!」
勝手知ったる実家の門をくぐりズカズカと廊下を進んだマケーレは、ノックもせずに
執務室のドアを開けた。
「バカ者、何事だ騒々しい」
すぐさま机から飛んで来た父がマケーレの頭にゲンコツを落す。
「っ! っ! っ!」
声にならない悲鳴を挙げつつ、頭を撫でようと思ってもタンコブに触れるのも痛いために両手で空を撫でるマケーレに、父オノーレは眉をしかめた。
「おおマケーレ、心配しておったがどうやら無事だったようだな」
ゲンコツを落したことなどすでに忘れたかのように、オノーレはホッとしながらも憮然と腕を組む。
「心配?」
頭の痛みもどうやら峠を越えたようで、やっと顔を挙げたマケーレはそんな父に不思議そうな顔を向けた。
「おまえ……領都の門前で挙兵しておいて、よく首が飛ばなかったな」
オノーレが呆れかえって言えば、マケーレは合点がいってポンと手を打ちながら「おお!」と言う。
「将軍は首になった」
「……まぁ残念ではあったがそれくらいで済んで良かったではないか。
それで実家暮らしの相談か?
部屋は空いておるから構わんが、いい歳なのだからすぐにでも次の職を探すのだぞ。
もし何も無いようであれば、仕方がないので築司の下級官吏にでも押し込んでやる」
「いや、その必要はない」
これで親バカな面もあり、オノーレは脳内ですぐさま息子の今後について算段し始めた。
が、これはすぐに当の息子より否定された。
その否定があまりにもあっさりしていて、本人も将軍解任でガッカリすらしていないことに気付いてオノーレは怪訝そうな顔をする。
「俺、将軍府の新しい司所の長に任命されたんだ」
「なん……だと!?」
これにはオノーレもビックリである。
マケーレは出来の良いとは言えない不肖の息子だった。
とは言え、それはあくまで道路族としての視点であり、武術には熱心でそれなりの才も見せたので、途中からは諦めて好きにさせていた。
その末が将軍任命だったのであるから、まぁこれは想定外に大出世であった。
ところがここに来て将軍職解任からの、新司所の長任命である。
そして彼はその新司所に心当たりがあった。
なにせオノーレは築司にて道路普請課長である。
直接ではないにしろ、実のところ事前にそういう話を相談されていたのだ。
「そうか、お前が路司長に任命されたか。
これで曾祖父様にもやっと顔向けができるな」
父オノーレは感慨深くも嬉しそうな顔で、そうしみじみと呟いた。
「へへ、オヤジ。俺頑張るよ」
親子二人、執務室で何やらいい雰囲気であった。
と、そこへまたもや執務室のドアが勢いよく開いた。
「話は聞かせてもらったわ!」
「騒々しいわバカ者!」
すぐさま父オノーレのゲンコツが落ちる。
そのコブシを頭に受けたのは、マケーレよりはいくら若そうな女性であった。
ファッションからして独身らしいので、この文化圏においては行き遅れの類である。
「なんだクラレではないか」
「お父様、誰かわからないうちからゲンコツ落すのやめてくださる!?」
クラレはタンコブに触れるのも恐ろしいという風に空を撫でながら、目を吊り上げて父に怒鳴り返した。
「ははは、殴られてやんの!」
その父の後ろで暢気に笑うマケーレ。
これはダマナン家では割と日常の風景である。
この兄妹。
いい歳してどちらも独身だが、父も母ももはや何も言わないので甘いのか諦めているのだ。
とにかく適当なところで養子をとって家を継がせる考えないと。とか日々思う父だった。
別に道路族と言う種族がいるという訳ではありません
そう呼ばれているという話
続きは来週の火曜に