306将軍府の新たな職位
組織についての説明が多い回になります
そも、将軍とはなんであるか。
我々の世界においてもその定義は国や時代によってまちまちであるため、ここは今エルシィの治める土地のある、旧レビア王国文化圏の将軍についてお話ししよう。
この文化圏において、将軍とはその国の首長より軍権を預かる軍事の長である。
もう少しかみ砕いて言えば、将軍府の長が将軍に当たる。
ゆえにジズ公国においてもハイラス伯国においても将軍はそれぞれ一人だ。
もっともジズ公国では将軍府は戦時において臨時で編成される部署であるため、常任の将軍はいなかった。
現在はエルシィがその地位についている。
これは旧ハイラス伯国の侵攻時に、臨時で政権を預かっていた兄カスペル殿下より任命され、現状まだその任を解かれていないと言うのが根拠である。
まぁハイラスへ反攻し、ハイラス領をジズ公国に編入し、そのままエルシィが治めているのだから言わば臨時の軍事政府がそのまま存続していると言えなくもない。
これは日本で言えば幕府制度に似ているとも言える。
国のトップはあくまでジズ公国国主ヨルディス大公陛下であり、その下で諸所の理由によって軍を率い征した他の土地を将軍が治めているという態なのだ。
ジズ公国において将軍府の長はエルシィであるが、その彼女の下にあるハイラス領やセルテ領にもそれぞれ将軍府がある。
これはエルシィが治めるにあたって、今まであった政治機構をそのまま引き継ぐことにしたから残っているに過ぎない。
余談が過ぎたが、これらの前提を踏まえた上で話を戻そう。
セルテ侯国将軍府の話である。
旧レビア王国文化圏において将軍とは各国に一人である、と話したが、旧セルテ侯国には複数人の将軍がいる。
これはいくつもある国境砦の衛長の役職として将軍職を当ててしまったが為に起きた混乱だ。
これも歴史を紐解けば最初は一人だったものだが、時代が進むにつれて衛長同士のライバル争いや何やらがまじりあってこうなってしまった。
なってしまった上で、もうどうしようもないと放置されていた制度なのだ。
減らせばまた軋轢を生むゆえに。
そういう訳でセルテ侯国では将軍は当たり前に複数おり、将軍府は各将軍の合議により、またはその上に立つセルテ候陛下の指揮にて動くという体制だった。
「そこでですね」
そうした前提を一通り話し終えたエルシィが、コホンと咳ばらいを挟んでこれからのことを口にする。
「さすがに各領ごとに将軍府があって、将軍も複数いるというのはややこしいですし、指揮系統もあやふやになりつつありますので、再編しようと思うのですよ」
将軍職より解任する、と言われてしょんぼりしていた旧セルテ侯国の将軍たちは、この言葉に興味を示したようで「ほほう」と身を乗り出した。
まぁ、自分たちも「うちの国、将軍多くね?」と思ってはいたのだ。
「侯爵陛下。質問をよろしいでしょうか」
そろりと、旧セルテ勢の中から白銀髪のデニス旧将軍が手を挙げる。
先ほど「自由な発言を許します」と許可を出しているので、これに目じりを吊り上げる者はいない。
「どうぞどうぞ?」
エルシィに促され、デニスは立ち上がる。
「そうしますと将軍職を解任された我々ですが、身分格や仕事はそう変わらないと考えて宜しいでしょうか?」
つまりデニスは「枠組みだけが変わるのだろう」と判断した。
なにせいくら改革を行うとはいえ、国境砦を放置するわけにはいかないだろうから。
国の制度がいくら変わろうが、国境の向こうには他国があり、その動向に目を光らせる砦と軍の仕事は無くなりようもないわけだ。
ところがエルシィは少し首をひねりつつ彼の質問を飲み込み「半分あたりです」と言いながら両手で大きくマルを作り、その直後に「ですが半分バツです」と言いながら腕を交差させた。
「これから順を追って説明していきますので座ってください」
かの侯爵陛下本人よりそう言われれば困惑しつつもデニスは再び自分の椅子に尻を落ち着けるしかない。
そして静かに説明を待つことにした。
「まずですね、先に言いました通りこれより将軍とは将軍府の長となるスプレンド卿の職位となります」
これについてはハイラス領の将軍府は廃してセルテ領に吸収合併ということになる。と続けて説明される。
ちなみにジズ公国の将軍は先にも述べた通りエルシィだが、そもそも将軍府を開く前に迎撃戦に赴き終了しているので、将軍府という機関が名目上はともかく実質上はない。
くわえてエルシィは軍を率いるという意味では将軍だが、職名で言えば実のところ元帥である。
なのでこれから唯一の将軍となるスプレンド卿とは矛盾しないし、そもそもハイラス伯、セルテ候、そして両領鎮守府長と、他に職位があり過ぎて軍部にかまけている場合でもないのである。
そのため、この際将軍府をキッチリ編成しなおして全部スプレンド卿に投げてしまおうという魂胆のなのだった。
と言い置いてエルシィは各将たちに新たな職位を授ける。
スプレンド卿以外のこれまでの将軍たちは今後「正将」とする。
つまり、将軍ではないが一軍の将であることには変わりない。ということである。
これを受けて旧将軍であったサイードとデニスはホッとする。
ただここで辞令を受けていないマケーレは緊張の表情を崩せない。
先の二人はほぼそのままの位階で職名が変わっただけではあるが、自分は降格間違いなしなのだから当たり前だ。
というか自分をアピールするつもりしか無かったが、やったことを客観的に見れば反乱を起こしたともとれるわけで、反逆罪、不敬罪など、処刑される理由がいくらでもあることにようやく気付いたからでもある。
「さて、マケーレさん。あなたには将軍府下に新設する予定の司長を担当してもらいます」
「司の?」
マケーレは怪訝な顔で繰り返す。
失礼な態度ではあるが、この男が「抜けた御仁である」というのは周知となっていたため、もう誰も咎めなかった。
司、とは府の下にあり、ある仕事を専門に扱う官公部課のことである。
例えて言えば国主エルシィの下に内政を執行する「内司府」と外交や式典を執行する「外司府」があるわけだが、その「内司府」の下に財務を執行する「財司」や農林水産政策を執行する「水司」がある。
そしてその内外司府とは別の政治の府である将軍府にもその下に司を作ろうという話なのであった。
続きは金曜になります