304鬼騎士無双
「行くぞ愛馬よ!」
ホーテン卿が自らを乗せた忠実にして勇猛なる騎馬に呼びかける。
すると騎馬もまた駆けながらそれに答えてブルルといなないた。
「ははは、お前も猛っておるか。頼むぞ!」
そのようなやり取りをする一瞬の幕間を挟み、人馬一体となったホーテン卿とマケーレ将軍率いる二〇〇の兵が接触を果たす。
将軍の率いる二〇〇の兵。
これは当然ながら殆どが歩兵だが、およそ一割が騎兵である。
ゆえに、最初の激突はおのずと騎兵隊と一人の老騎士という構図になった。
「囲め! 囲んでしまえばどうとでもなる」
騎馬隊長が威勢よく指示を出し、隊の騎馬は鶴翼を広げる様に散開しつつホーテンへ包み込みにかかる。
そしてホーテン卿はさせるがままにしてただ突き進むだけだった。
「よし、囲んだな。これでこっちのモノだ」
ものの数秒もしないうちに騎馬隊はホーテン卿を前後左右と囲みこむことに成功した。
騎馬の集団は駆ける馬の脚を緩めつつホーテン卿の周りを緩やかに回りながら徐々にその輪を狭めていく。
「一斉に掛かれ! ジジィを馬から引きずりおろせ!」
そしてついに、騎馬隊長の指示の手が降ろされ、円軌道を描いていた二〇の騎馬が中心のホーテン卿に向かって殺到する。
「威勢のいいことよ。若者はそうでなくてはな!」
だがこの絶体絶命に見える戦況において、ホーテンは楽し気に笑って見せ、そして八方から繰り出された槍衾をすべてかわして見せる。
「くっ、この距離で、この密度を避けるか。
この変態騎士め……」
騎兵の一人が思わずそう口の端にもらす。
「この程度で驚くとは、まだまだ修練が足らんのではないか?」
と、その騎兵は驚きも冷めぬうちに、一瞬で目の前まで迫ったホーテン卿のグレイブで横っ腹を強くぶん殴られた。
そう、ぶん殴られた。
ホーテン卿のグレイブは先にも述べた通り特別製である。
大きな反りのある剣とも刀ともとれる大きな穂先を持つポールウェポンであり、そしそその刃の根には双戟が取り付けられた凶悪な武器である。
さらに言えば重さは通常の倍あるというそのグレイブをホーテン卿の臂力で振るえば、それこそ軽鎧の騎兵など真っ二つにすることも易い。
が、ホーテン卿はあえてそうせず、刃の背で思い切りぶっ叩いたのだ。
やられた騎兵もこれで死にはしない。
死にはしないがあばら骨の数本は折れるかしたであろう。
そうでなくともこれほど重い一撃を浴びれば、たまらず馬から転げ落ちた。
一瞬の戦慄。
これほどの優位で初撃を交わされ仲間の一人がやられた。
ホーテンにかかった騎兵たちは一瞬硬直し、そしてどうやら死んでいないことにホッとし、気を取り直してまたホーテンへと掛かろうとした。
だがこの隙を見逃すホーテンではない。
もちろん、隙など無くとも何とも思わないホーテンだが、隙があるならそれこそ必勝である。
「ほれどうした。これで終わりか?」
舞うように、その隙に潜り込んだホーテンは、一人、また一人とグレイブでぶん殴り、たちまち一〇の兵をその騎馬より叩き落した。
どの兵も死んではいないが、すぐ馬に乗って復帰できるほどの軽症ではないようだ。
「くっ、いったん下がって歩兵と交代するぞ」
たまらず、隊長は残った騎兵たちに指示を出し、自らも身をひるがえして後ろから迫っていた自軍の歩兵たちの横をすり抜けた。
歩兵たちはこれで大いに士気をくじかれる。
なぜなら、本来であればまずその突破力で打撃を当てえてくれるはずの騎兵が逃散したからだ。
おいおい、お前らが逃げ帰らざるを得ない相手を、無傷のうちから俺たちが相手にするのかよ。
そんな心境である。
だが、それはそれとして敵はたったの一人。
ゆえに「これで逃げるなど恥だ」という気概心の方が強く働いた。
そして今度はホーテン卿と一八〇程の歩兵が激突する。
さて、この戦いに際しホーテンはひらりと馬から飛び降り、一人の歩兵として対することにしたようだ。
賢い愛馬はそれを受け、邪魔にならぬようにひょこひょこと少し離れたところまで駆けて行く。
また一部の歩兵は戦列から少し逸れて落馬した騎兵たちを救いに行く。
ホーテン卿や対する歩兵たちも無言のままに配慮して、先の戦闘地から少しだけ離れた。
「さぁやるぞ。誰から来る?」
「では俺が!」
「俺も行くぞ!」
大地に脚をついたホーテンが叫ぶと、槍を構えた歩兵たちが殺到する。
だがこれもホーテンからすればそよ風のようなモノだ。
前から襲い来る槍衾を横からグレイブで受け、そして後方へと薙ぐ。
横から来る剣の一閃を避け、その腹に蹴りを入れる。
斜めから振り降ろされる三日月斧をグレイブで巻き込むようにはじく。
そうしてホーテン卿に襲い掛かった兵たちは、どれもが得物での斬撃をいなされてホーテン卿の歩く後方へと転がされた。
「なんだアレは。どいつもこいつもふざけているのか!?」
後方にいたマケーレ将軍が驚愕に目を見開く。
彼からすればその戦いは、まるで決められた手順の組手稽古かのごとく、なんの危なげもなく動くホーテン卿に次々と兵が転がされていくようにしか見えない。
「いえ、そうではないでしょう。
みな本気で掛かり、それを赤子のごとくあしらわれているのです」
と、その将軍の驚愕声に、副官モルガンもまた驚きと諦観をまぜこぜにした感情で答えた。
「しかし、あれはなんだ?
あんなことができるのか?」
なおも、マケーレ将軍は納得できずにモルガンへ話を振る。
彼が特に驚いているのはホーテン卿のグレイブ捌きだ。
襲い来る兵の得物を絶妙な角度で受けつつその力を流し、そのまま巻き込むように逸らしたかと思えばそのまま後方に引っ張る。
するとなぜだか兵はその引っ張りから逃れられぬように体勢を崩して後方へと転がされるのだ。
そう、ホーテン卿が兵の剣などを受けているのはグレイブの柄であり、引っかけるところなどないのに、である。
「わかりません。私もあんな真似はできません」
「それは俺もだ。本気なればこそ、なぜ兵はあれで引っ張られて転げるのだ」
まるで合気道の達人が見せる投げ技のように、投げられた側がまるで自ら後方へ転げていくので傍から見れば遊んでいるようにも見える。
ホーテン卿も、そして兵もである。
だが、これは技術である。
確かに長いグレイブの柄には引っかかるところなどない。
が、それでも一瞬の緩急によって、疑似的にその引っ掛かりを作ってやることができるのだ。
その一瞬をあらゆるタイミングと合わせることで、相対した者はまるで武器を手で掴まれたかの如く、されるがままに引っ張られる。
そして自ら後方に飛び転げたように見えるのは確かにその通り、自ら転げているのである。
これは受け身であり、そうしなければ、流れに逆らえば大けがを負う可能性もあるからそうしているのだ。
「そんな技術、しらんぞ……」
「私も与太話で聞いたことあるきりですよ……」
将と副官は揃って蒼い顔になり、次々に転がされる兵たちを眺めた。
その様子を虚空モニター越しに眺めていたエルシィとスプレンド卿は呆れたようにつぶやく。
「ホーテン卿の『螺旋の捌き』、なんだか以前より凶悪になってませんか?」
「まったく、私もウカウカしていられませんね……」
また、サイード将軍以下、新たに恭順した者たちは、未だ信じられないという顔で眺めていた。
続きは金曜日に




