303ホーテンという伝説
ホーテン卿の武威はマケーレも聞き及んでいる。
かれこれ何十年か前か、まだマケーレがとても小さな少年だった頃にホーテン卿はこの国に訪れているのだ。
たしか何かの式典の際に武術交流でやって来た。
話によればセルテ領都にいたガラの悪い警士から「田舎騎士が何ほどのものか」とさえずられたのが始まりだったという。
返す言葉もなく一撃で殴り倒された警士を見て、仲間の警士たちはいきり立ち集合をかける。
集まったその数、三〇は下らなかったという。
だが若き日のホーテン卿は退かない。
それどころか獰猛な笑みを浮かべ、手にしていた愛用のグレイブを従者に渡しその三〇人の警士の群れに飛び込んだ。
さすがにヤバイと思った街の衆が、ホーテンを助けるべく、慌てて他の警士を呼びに行かせた。
の、だが。
どこをどうしたのか、ホーテン卿に殴り倒された警士の数は一〇〇以上となった。
最終的には当時のセルテ候とジズ大公に揃って呼びつけられたことで収まったのだが、かの御前に参上したホーテンはしれっとした顔でのたまった。
「なに、可愛げのある連中だったので、少々撫でてやっただけですよ陛下」
ホーテン卿はほぼ無傷。
やられたセルテ警士も顔面を腫らした者は多くとも、骨を折ったりしたものはいなかった。
どうやらホーテン卿は本当に手加減していたらしい、というオチが着く。
だがこの話もマケーレにとっては伝説に過ぎない。
なにせ本当に幼いころの出来事なので、目の当たりにしたわけではなかった。
ゆえに「ようは大げさに伝わっているだけだろう」ということだ。
あまりに消沈する年配の兵たちに少々辟易したマケーレは、肩をすくめて言う。
「モルガンよ。ひょっとしてホーテン卿は試戦しに出て来たのではなく、エルシィ殿の言葉を伝える遣いなのではないか?」
それは慰めでもあったが、本音でもあった。
聞き伝えられる逸話がたとえ本当であったとしても、それはもう何十年も前の話だ。
ホーテンとて人の子。
その時間があれば老い衰えもする。
だがモルガンはため息交じりに呟いた。
「で、あればよろしいのですがね」
さて、そんな会話をするくらいの時間をたっぷり使い、ホーテン卿はもったいぶったように街門から出て来た。
途中、従騎士より愛用のグレイブを受け取り、その従騎士は下がらせる。
そしてマケーレ率いる二〇〇勢まであと二〇〇mというくらいまで近寄ったホーテン卿は、馬の足を止めて高らかに怒鳴り声をあげる。
「わが名はホーテン。多くを語らずともその名を知る者もいようが、過去の名声など忘れて良い。
それよりもだ。
国を守る兵である諸君が領都を前に剣矛を挙げるとは何事であるか。
わが主、ジズ大公が一女にしてハイラス伯、セルテ候であらせられるエルシィ様はたいそうお怒りである」
「な、なに!?」
マケーレはこれを聞いて慌てふためく。
ちょっと待遇について交渉するつもりだったが、なにやら逆賊でも罵るような口上である。
さすがに言い訳が必要か、と冷や汗を垂らした。
しかし、その機会は与えられない。
「よって、この不肖ホーテンがエルシィ様に変わってその方らに仕置きを与える!」
つまりやる気ということだ。
ここまで来ればもう言い訳も逃げも許されない。
マケーレたちに選べるのは、ここで一戦かますだけなのである。
まぁ、元々そのつもりもあり、マケーレは心にモヤモヤを抱えつつも蒼い顔の兵たちに叫びかけた。
「なにが鬼騎士ホーテンだ! たった一人に恐れることはない!」
これに気を取り直して「おお!」と元気よく応えるのは比較的若い兵たちだ。
彼をはじめとした若い者たちは、やはりマケーレ同様に「ホーテン卿など所詮は伝説」と思っていた。
強いのは確かだろうが、それでも大げさに伝わっているだけだろう。と。
そして未だ蒼い顔をしている年配の者たちは知っている。
伝説がすべて真実であったことを。
口上が終わり、ホーテンは一息つきながら対する二〇〇の兵を眺める。
慌てふためく者もいるが、多くはこちらをジジィと侮り気勢を上げている。
まぁ、そのうちいくらかはカラ元気なのだろうが。と、小さく笑い、ホーテンは重いグレイブを肩に担ぐ。
このグレイブ。彼がジズ公国の職人に作らせた特注品で、他の騎士が持つものよりに倍の重さがあり、その分頑丈に作られている。
その特注グレイブを軽々と振り回しながら、ホーテンは騎馬の腹に軽く足を当てた。
馬はホーテンの意を受け脚をポクポクと動かし始め、すぐに駆歩へと移行する。
こうなれば時速で言えば二〇~三〇km。二〇〇mの距離などものの数秒である。
「来るぞ! 散開して囲め!」
急ぎ、マケーレも対応するように指示を出す。
いよいよ、両者激突である。
続きは来週の火曜に




