302待つマケーレ将軍
セルテ領都の外にて配下の二〇〇兵を布陣させたマケーレ将軍は、今か今かと心待ちにしながら街門を眺めていた。
「なぁモルガン。誰が出てくると思う?」
「さて……今の領都にどなたがおられましたか」
マケーレは副官に訊ねるが、当の副官も首を傾げるしかない。
それはそうだろう。
彼らは本日この日に領都へと帰って来たばかりであり、それまでは中央から離れた国境砦を守るのが任であった。
もちろん独自の伝手で情報を集めもするが、マケーレもモルガンもさほど熱心でないせいもあって噂程度のモノしか入って来ていない。
彼ら、特にマケーレが熱心なのは、配下の兵たちの歓心を買うことだった。
こう言ってしまうとあまり良くは聞こえないが、言い換えれば「兵たちの安寧あってこそ、いざという時に主の為に働く」という彼の家の訓示に従った結果である。
それもあって、マケーレは日ごろから自腹を切っては、砦の兵たちに振る舞いを施しているのだ。
そうしたこともあり、彼らは旧セルテ侯国の七将軍のうち誰が領都にいるのかすら知らないのだ。
もっとも、そのうちのダプラ将軍だけがすでに鬼籍にあることだけは知っているのだが。
「順当なところではサイード将軍ではないでしょうか。
かの将軍は砦将ではないので、遠征の終わった今となってはお手空きのはず」
「サイードか……。だがヤツは敗軍の将だろう?
まだ首を刎ねられていないのか?」
実を言えばサイード将軍は、元々マケーレ将軍が守っているギリア男爵国との境砦を守る将であった。
それが遠征軍の将になるために引き抜かれ、その余波に与ってマケーレが昇格したという経緯がある。
将軍に昇格できたのは嬉しいが、翻って手柄を立てる機会を得た先任のサイードには、少々嫉妬のような思いもあったのだ。
ゆえにその名残もあり、対ハイラス戦で敗北を喫したサイードには必要以上に厳しい査定眼を向けていた。
「さぁ、反旗を取ったダプラ将軍以降は、そのような血なまぐさい話は聞いておりませんが。
なにぶん私も閣下も、都の事情には疎いですからな」
「ふん、都雀の噂話に興味がないだけさ」
と、マケーレ将軍が鼻息荒く吐き捨てると、副官モルガンも肩をすくめてそれ以上は押し黙った。
そしてさらにしばらく沈黙のままに時間が流れ、ついに領都の門がついに開かれるようだった。
「お、やっとお出ましか。さて……」
門を守る警士たちによってゆっくりと押し開かれてゆく街門。
太陽の位置が彼らからすると逆光気味になり、門からはちょうど光が漏れるかのように見えた。
そしてその光の中央に騎乗した何者かが一人、堂々と腕を組んで立っていた。
「なんだ、一人か。
すると開戦ではなく何かの交渉や通達か?」
「伝令兵という雰囲気でもないように見えますが……あれはいずれかの将軍でしょう。
遠見の出来る者は急ぎ確認せよ!」
モルガンが厳しい顔で部下に命じる。
率いる兵の中から選りすぐり目が良い者は、こういう時に相手の様子や旗の確認に使われる。
命を受けて群衆から飛び出して来た数人が争うように門に現れた人物を探る。
そして何人かが首を傾げた。
「どうした?」
「いえ、その……」
モルガンの問いに、遠見の兵は口ごもった。
モルガンもマケーレも不思議に思ってその兵に注目する。
兵は仕方なくと言った風で口ごもりながら言葉を発する。
「どうも、都ではあまり見かけぬ武人のようです。
つまりいずれかの将軍ではないと見受けます。
ただ……」
「ただ?」
武将ではない。という割に遠見兵の顔色が悪い。
何人かいる遠見兵のいずれを見ても、同じような顔色を浮かべている。
「ただ、なんだ。見たことなくとも心当たりがあるのだろう?」
度重なる上官からの問いに、遠見兵の中心人物と思われる男は、諦めた様にその推測を口にした。
「私も話にしか聞いたことがありませんが、あの風体はかの鬼騎士ではないかと思われます」
「鬼騎士……」
この言葉を受けた者たちの、固唾をのむ音が聞こえた。
マケーレはそれでも硬い笑いを浮かべつつ、ようやく口を開く。
「鬼騎士ホーテンか。こいつは大物が出て来たもんだ。
だが、一人だ。
恐れることはねぇ。こっちは二〇〇からの軍勢だぜ?
押しつぶしてやるさ」
その様子を虚空モニター越しに見ていたエルシィは、会議室にて小さく問いを含めた言葉を発した。
「あの……」
「はい?」
すぐにそれを拾って、スプレンド将軍がにこやかに続きを促す。
「なんであの人、二〇〇人相手に一人で出てますのん?」
「まぁ、それで充分と踏んだのでしょう。まったく大人げない」
言いながら、羨ましそうに画面の向こうを眺めるスプレンド卿であった。
続きは金曜に




