293アベルとレオのお散歩2
しかし、である。
アベルはグラウンドを駆けまわるいぬ耳男児を眺めつつ思案する。
そよ風のように。
これは単純にすごいと思う。
危険が迫った時、足が速ければ誰より早く逃げることができるし、逆に見つけた危険をいち早く味方に伝えることができるだろう。
足が速いというのはそれだけで群れの生存率を上げることのできる能力なのだ。
とは言え、ダッシュ能力と言うのは諸刃の剣でもある。
今、レオを見ていても判るが、常にトップスピードという訳ではない。
なぜなら、ダッシュと言うのは早い分、非常に体力を使うからだ。
レオは確かに早いが持久力の点ではどうか。
短距離走選手がマラソンも早いとは限らないのだ。
「エルシィは『郵便屋さんをしてもらう』と言っていたが」
最初は「郵便屋さん」が何をする役目なのかよく判らなかったアベルだが、要するに伝令手らしいということは判った。
そして伝令手の仕事はいち早く連絡を付けること。
求められる能力はスピードもさることながら、持久力も必要だ。
マラソン競技の由来は、紀元前にギリシャ軍兵が戦の勝利を告げるために、マラトンから約四〇km離れたアテナイまで走ったことにある。
すべての伝令手がこれを出来るかと言えば無理ではあるが、それでもエルシィが特筆して求めたからには、レオに何らかの手段があると思われる。
それがおそらく名前だけ聞いているレオの覚醒スキルなのだろう。
アベルは名前だけ聞いていて、その内容を知らない。
これは何もエルシィが意地悪したわけではなく、単にアベルが「どうせわかることなのだろうから」とお楽しみにとっておいたのである。
「なんだアベル。今日は訓練ではないのか?」
と、アベルの思案に割って入る者がいた。
「ああ、今日はアレのお守だよ」
「ほお……早いな。ここにいるジジィどもには少々刺激が強かろう……いや刺激されて動いてくれればまだマシか」
あんたもジジィだろうに。と思いながらアベルが振り返れば、そこには現在この騎士府の取りまとめを行っている老偉丈夫、ホーテン卿が立っていた。
彼がため息をつく理由は、このセルテ領の騎士府にある。
そもジズ公国でも旧ハイラス伯国でも、騎士と言えば最精鋭部隊であった。
ひとたび戦いがあればその機動力を生かして遠くへ移動し、そして敵軍をかき回し、敵陣を突破する。
それが騎士の役割である。
ところがここ旧セルテ侯国ではその騎士の役割が、騎士だけでは圧倒的に足りなかった。
なぜなら国土が広すぎ、接する国が多すぎたからだ。
ゆえに、戦争時に兵士となる警士府にも多くの騎馬を回してその人手不足を補った。
すると騎士の役割が薄れ、仕舞には騎士とは「上がりポストの名誉職」となり下がってしまったのだ。
つまり、ここ騎士府にいるのは長年警士府の騎兵を務めあげた引退間近の老人ばかりであった。
精鋭であることは間違いないのだが……というところだ。
「どれ仕方ない。俺が少々相手をしてやるか」
ホーテン卿はのんびりとレオを見ている老騎士たちに呆れた態を示しつつ、従騎士が引いてきた彼の乗騎にひょいとまたがる。
と思えば、すぐにグラウンドへ駆け出した。
「レオとやら、俺と競争だ!」
「わふ!?」
「まったく、落ち着きのない連中だ」
アベルは、こちらは本当に呆れた顔で駆けっこするホーテンの騎馬とレオを眺めることとなった。
「アベルにいちゃ! 楽しかった!」
しばらくして「いい汗かいた」という風のレオが満足して帰って来る。
アベルは「そうか、よかったな」と声を掛けながら、腰に付けている小さなバッグから手拭いを出してレオの汗を拭いてやった。
さて、騎士府の案内が終われば次は他の庁舎だ。
とは言え、騎士府警士府と言った軍本部以外については、城外のあちこちに点在している。
ゆえに、ざっと城内の案内が終われば今度は街並み散策だ。
「ぼく、この街初めて!」
「まぁ、オレもまだあまり出回ってないけどな」
案内と言ってもアベルもまだここへは来たばかりである。
一応各庁舎や市場、大きな商会などは知っているが、裏路地に入るともうなんだかわからない。
とりあえず大きな特徴としては、街の真ん中を大きな川が流れていることだろうか。
地理を俯瞰すると川で南北に分けることができる。
城や官庁があるのは多くが川の南側で、商店、市場、そして居住区が多いのは北側だ。
二人はまず主城から出て南側の主な官公庁を回る。
その間もレオはアベルを中心に、一定半径の円を描くように、あっち行ったりこっち行ったりしながら物珍しそうに色々見て回った。
そしてお昼ごろとなりテラスのある喫茶店といった風情の食堂で昼食を採り、午後は橋を渡って北へ入った。
続きは来週の火曜日に




