284大国として
エルシィ、人口問題担当救世主に任ぜられてた件。
女神から衝撃の事実を突きつけられてから数日がたった。
過労で倒れたエルシィも無事に復帰したが、周りが妙に優しく、今のところ執務も最低限に抑えられるようになっている。
そうすると色々と考える暇が出て来る。
自分はいったいどうすればいいのか。
女神アルディスタの指示の通り、この世界の人口を減らすべく血の雨を降らせればいいのだろうか?
だが、身内以外に淡白な彼女をもってしても、さすがにそれは許容できる行動ではなかった。
しかし、である。
彼女が管理する領土は望む望まぬにかかわらず広大になってしまった。
こうなるとジズ公国、いや事実上、エルシィの国は周辺国家からすれば覇権国家と定義づけられるだろう。
覇権国家とは何かといえば、端的に言えば「自国の行動を自由に決められる国家」である。
逆に言えば覇権国家ではない国は、強大な隣国の影響を受け、そしてその意に国政を左右されずにはいられないということだ。
つまり、今後はエルシィの言動一つをとっても周辺への影響は少なくないだろう。
慎重に考えねばならない。
大国として。その動向を。
そして、慎重に行動しなければならない。
そう考えつつ、エルシィは執務机に突っ伏した。
「てろーん……」
「あら、知恵熱でしょうか」
キャリナに額を触られ、なんかひんやり気持ちいー。などと感想を抱くエルシィは、また熱を出していた。
仕方ない。
八歳児の脳に世界は重過ぎるのだ。
「身内を守るためなら鬼にもなる、か」
城内に臨時で置かれた将軍府の執務室にて、老騎士ホーテンはため息をついた。
この部屋にいるのはホーテン卿と、部屋の主となる将軍スプレンドである。
彼らは先に国境砦にて起こった一連の戦いの後処理を行っているところだ。
戦争、またそれに類する行動は、行軍、戦闘、そして撤収で終わりと思われがちだが、実際には庶民の見えないところで様々な事務仕事も発生するのである。
例えば輜重に関する出納、出兵した者やその後方支援を行った者への手当、死傷者に対する見舞、などなど。
ともかくそう言った事務仕事を面倒に思いながらもツラツラ片付けているのが今の彼らであった。
もちろん専用の将軍府には事務官もいるが、それでも最終的な確認や決済は必要になって来るし、指示を出したり頭を下げるのもやはり上の仕事なのだ。
独り言のようにつぶやき、その後黙ってしまったホーテン卿を不審に思い、スプレンド将軍はサイン用のペンを置く。
「なんだホーテン。何か悩みか?」
「いや、我々も反省するべきなのかもしれんと思ってな」
帰ってきた返事にスプレンド卿は怪訝そうに眉を寄せる。
「身内の為には鬼となる。確かエルシィ様がそうおっしゃったとか。
それがどうしたんだ?
エルシィ様のご家族……母君様はジズ大公陛下としてジズリオ島に。
兄君様のカスペル殿下は外交使節団を率いて遊歴中だろう?
現状、エルシィ様が鬼になる要素は無かろう」
スプレンド卿の疑問はもっともだ。
普通、身内と言えば血縁またはそれに類する者のことを指すゆえに。
だが。
「違うのだ。
エルシィ様にとって『身内』とは、その手に収まった者、すべてのことなのだ」
これを聞き、スプレンド卿はハッと顔を上げた。
「それは、我々も入っているということか?」
「それだけではない。
エルシィ様に従うハイラス領やセルテ領の民衆も皆、エルシィ様にとっては身内なのだ」
それはさすがに範囲が広すぎる、と言いかけて、スプレンド卿も気づいた。
ホーテン卿が「反省しなければ」と言ったのはそこなのだ。
「つまり、我々が調子に乗ってエルシィ様の『身内』を増やし過ぎたと」
「うむ。まさにそこよ」
二人、気まずい顔で明後日の方向を眺める。
エルシィ傘下となった後、ホーテンたちはヨルディス陛下救出のついでにとハイラス伯国をエルシィに献上した。
セルテ侯国からの侵攻を止める為という口実に、またセルテ侯国を落してしまった。
成り行きもあったが、これによって為政者であるエルシィの双肩にやたらと重い荷が圧し掛かったのも事実である。
二人は大いに反省する。
「よし。もうこれ以上は、明確な命令でもない限り拡張は無しだ」
「チャンスがあっても?」
「あってもだ。
……もしするなら、そうだな。
エルシィ様の代わりができる人材を確保するのが絶対条件だな」
「なるほど……クーネルのようにか?」
「そうだ、あのチョビ髭のようにだ」
本当に反省しているのか、少々怪しい二人であった。
今回で三章が終了となります
二週間ほど準備期間を頂き、それから四章セルテ領編を開始としたいと思います
内政の時間だ!(予定)




