280戦闘終結
「中央二班、三班。敵方押し出してくるぞ、その前に叩け!」
スプレンド将軍の指示が飛び、各隊長達が遺漏なく兵たちを動かす。
各下兵たちも先に将軍からの指示が聞こえているので、隊長の具体的な行動指示に対しても理解しやすい。
「『戦術心話』……便利だが、兵がこれに慣れてしまうと私以外の下では戦い辛くなってしまうかもしれないなぁ」
そんな作戦行動の合間にかの将軍、スプレンド卿が苦笑交じりにそう呟いた。
兵は上長から指示を受けた時、理解するしないに限らず動くよう訓練されている。
群の頂上にいる将からの指示を輔佐から隊長班長と伝言ゲームで下していくには、その行動の理由など言っている暇はない。
ゆえに下々兵には「○○せよ」という端的な行動指示となるのが当たり前だ。
それがスプレンド将軍の下にいると戦術心話によって将軍の指示が直接聞こえて来る。
ということは普段の端的な指示より、より行動の理由が明らかにされているわけである。
これに慣れてしまえば、元の端的な命令だけでは戸惑いが生じるようになってしまう可能性もあるのではないか。
そうスプレンド卿は懸念した。
とは言え。
当然ではあるが、彼の率いる群が戦場を有機的に行動できているのは戦術心話だけが要因ではない。
長い間にかけて兵たちを見、そして動かして来たスプレンド将軍だからこそできることでもある。
彼の集団戦闘の趨勢を見極めるいわば戦場眼は、一朝一夕で養われたモノではないのだ。
その眼があるからこそ、戦術心話もこれだけ生きるということでもある。
ともあれ、今気にしても仕方がない。
今は目の前の戦闘を勝利することだけに集中せねば。
「さて、もう少ししたら仕上げにかかるかな」
彼の戦場眼が、決定的好機の到来を予見しつつあった。
ダプラ率いる独立勢の群は出ようとする所を素早く叩かれ、退こうとすればタイミングを合わせて攻勢をかけられる。
どうしたって先手先手を取られて精彩を欠く。
「ええい、なんたるふがいなさだ。
国境を守りしは精鋭ではなかったのか!」
ダプラ将軍は苛立ちながらもそう檄を飛ばして矢継ぎ早に指示を出す。
それでもその指示通りに動き始めた隊班は、次の瞬間にはその思惑を潰されているのだ。
これではどうにも煮詰まって来るのも仕方がない。
ダプラ将軍の頭は怒りと焦りと苛立ちでカッカと沸き立ち、その熱さから被っていた兜を脱いで地面にたたきつけた。
いつもならここで彼をたしなめるはずの副官がいない。
副官は少しばかり前に戦場の様子を探ると、物見に出てからまだ帰ってこない。
そうすると将軍の勘気に触れて斬られてもたまらないので、他の幹部格は自然と彼に近づかなくなっていた。
ゆえに、ダプラ将軍は気づくのが遅れた。
決して彼が無能だったという訳ではない。
有能な人間であっても、手足となって補佐をする者たちがいなければ十全に働くことはできないのだ。
ともかく、彼は気づいた。
いつの間にか、自群は横に広がり過ぎているということに。
「いかん! 一度退きつつ体勢を整えよ!」
ダプラ将軍は急ぎ指示を出した。
「遅いよ、ダプラ将軍」
ダプラ将軍の声が聞こえているわけではない。
が、それでもスプレンド卿には彼の思惑が手に取るように透けて見えた。
今のスプレンド将軍は、この戦場のすべてが手に取るように把握できているような、そんな全能感が降りて来ていた。
「チャンスが来た。
中央一班は紡錘陣形で突撃せよ。
敵将を討ち取れ!」
「承知。行くぞ皆の衆!」
セルテ軍中央の少し後方にて自軍支援を地味に行っていた騎馬の一団が、将と隊長の言葉で動き出す。
それは選りすぐりの一隊。
ジズ公国、そして旧ハイラス伯国の騎士で構成された精鋭中の精鋭。
率いるのは元ジズ公国が騎士府長、鬼騎士ホーテンである。
ホーテン卿が先頭となり、ひとつの矢じりと化した騎馬集団が閃光のごとく戦場を真っすぐかける。
目指すは敵陣中央に鎮座するダプラ将軍だ。
セルテ軍の中央に布陣していた各班がホーテン卿の為に敵群を左右に割るよう押してゆく。
すでに薄く広がってしまっていた独立軍の陣形は抵抗するもその圧力が足りず、中央部をさらに薄くする羽目に陥る。
そこへホーテン卿率いる紡錘陣形の騎馬集団が突撃した。
薄くなった兵の防壁は簡単に突き破られる。
ダプラの叱責を恐れて側近衆が遠巻きにしていたのも祟った。
ゆえに、ダプラ将軍の身があっけなくホーテン卿の眼前へと無防備に晒された。
「賊将ダプラ!
貴様の首を疾く差し出せ」
「鬼騎士ホーテンか! 老いぼれは家で白湯でもすすっておればよいものを」
ホーテン卿の後ろについてきた紡錘の騎馬たちが割れ、たちまちダプラとホーテンを囲むように展開する。
そしてその剣矛を外側に向け、慌てて駆け寄ろうとする独立軍の兵たちを寄せ付けぬ壁となった。
ダプラとホーテンの一騎打ちはこうして始まり、そして数合と打ち合わせたのみにて終わる。
当然勝者はホーテン卿だ。
彼の鋭い剛腕が愛用のグレイブを振るい、ダプラは自らのグレイブごと真っ二つになって馬から滑り落ちた。
「賊将ダプラは、このホーテンが討ち取った!」
「将は死んだぞ! まだやるか!」
ホーテン卿の宣言の後、その気を逸せずスプレンド卿も叫びをあげる。
すぐさま、とは言わないが、戦場は次第に静かになっていく。
武器を捨てて降伏する者。逃亡を図り成功する者と背中を斬られる者。
こうしてしばらくすると、今会戦は終結と相成った。
セルテ軍死者一〇余名。
独立軍死者七〇余名。
同数同士、傍からは互角と見られた会戦は、スプレンド卿率いるセルテ軍の圧勝という結果で終わった。
「後片付けは現場の者に任せて、姫様へところに戻るかの!」
斬り捨てたダプラ将軍の遺骸すら顧みず、意気揚々と戻って来たホーテンがそう言いつつ見たのは、スプレンド卿の困惑した顔だった。
「……どうした浮かぬ顔して」
「それが……」
スプレンド卿は旧友でもあるホーテン卿に視線だけで自らの頭上を指し示す。
ホーテン卿はその視線を追って今にも振り出しそうな雪雲で覆われつつある空を見上げた。
「おい、姫様の窓が見当たらぬが……?」
そう、セルテ領都の城から彼らの戦いぶりを見ていたはずの、エルシィの虚空モニターが無くなっていたのだ。
「さて……城で何があったのか」
スプレンド卿もホーテン卿も神妙な顔つきでしばし空を睨みつけるのだった。
続きは金曜日に




