277開戦前に執務室にて
「それにしてもエルシィ様、だんだんやり口がえげつなくなってませんか?」
「そ、そんなこと! ……そうかな?」
「エルシィ様、お言葉」
「! そ、そうでございますでしょうか!?」
降伏勧告などの放映を執り行ったスタジオ、もとい執務室にてそんな会話が交わされる。
最初の問いを発したのが近衛士にして最初の家臣ヘイナルである。
心の中で「これが救世主のやり口なのか?」とも思ったが、それはさすがに口にしない。
言われ、そんな気にもなるエルシィだったが、生き馬の目を抜く商業社会を歩いてきた丈二にとっては「これくらいならセーフでしょ!?」という思いもある。
「何言ってんのよ。あれはお姫ちゃんの慈悲よ」
だが、その問いに反論する者もいる。
たった今、砦近くの丘に鎮座する大岩を「覚醒スキルおーぷん・ざ・ふぁいやぁ」でぶっ飛ばして来たばかりのバレッタだ。
「慈悲……ですか?」
人知を超える神孫の御業を見せつけて「砦から打って出よ」と脅しをかける。
これのどこが慈悲なのか、とヘイナルとキャリナは困惑気に顔を見合わせた。
だがバレッタに賛同し頷く者もいる。
侍女見習いにしてさっきまで砦にてダプラ将軍たちを観察していたねこ耳忍者カエデである。
「あの大雷を砦に直接落としたら大惨事にゃ」
「そうね。『覚醒スキルおーぷん・ざ・ふぁいやぁ』は手加減もできないし」
「それは……確かに」
そう、「覚醒スキルおーぷん・ざ・ふぁいやぁ」は強力な破壊の御業ではあるが、爆発力の強弱をつけることはできない。
さすがに一撃で強固な砦を灰燼にすることはできないだろうが、狙いどころが良ければ半壊くらい行ける。
人がいる建物を一瞬で半壊させる爆発を起こせば、それはどうなるか想像できようというものだ。
それに、である。
実のところ直接野戦で切った張ったの戦いをする方が死者が少なく済むのだ。
遠距離から銃を打ち合う戦争とは違い、直接斬り合う戦いではよっぽどのことが無ければ即死しない。
即死はしないまでもケガをしたなら後送される。
ゆえに死者は少なく済む。
ところが先日の街道防衛戦でも実感したが、おーぷん・ざ・ふぁいやぁは使いようによっては一撃で多くの命を奪うことができる。
それを厭う気持ちがエルシィには確かにあった。
その気持ちの根幹が慈悲であったか、それとも「忙しいのにこれ以上人を減らしてたまるか」という考えであったかはわかりかねるが。
「命を奪うことを厭う、と言うのでしたら、そもそもこの独立を放っておくという訳にはいかなかったのでしょうか?
言ってしまえば辺境のいち砦でしょう?」
それも一見もっともな意見だった。
発したのは最近徐々に堂々としつつあるボクっ子吟遊詩人、ユスティーナである。
「ダメですね」
「ええ、ダメです」
「ダメにゃ」
「ダメね」
だがこれにはエルシィばかりでなく、ヘイナルも、またバレッタやカエデまでも首を横に振った。
「な、なんでだめなんですか~」
総ダメ出しでちょっと涙目になりながら、ユスティーナは問い返す。
これにはヘイナルが答えた。
「根回しもなく独立を一方的に宣言するなど、これは宣戦布告に等しい行為だ。
争いの規模や被害が小さいからと放っておくと、これは必ず拡大する」
「ダプラ将軍の勢力が増す、ということですか?」
「それもある。
が、もっと嫌なのが、他にも独立勢力が現れることさ」
「! 現れ、ますか……」
「十中八九、現れるな。歴史がそう言っている」
独立の機運が高まり戦乱が広がる。
この構図はまさに三〇〇年前におこったレビア王国の崩壊の過程なのだ。。
今回はレビア王国に比べれば規模こそ小さくはあるが、近隣諸国から見ればセルテは充分大国である。
この領で分裂の混乱が発生すれば、近隣諸国を巻き込まざるを得ないだろう。
特に、先ほどカエデが見聞した通り、この独立騒ぎのバックにはお隣のデーン男爵国
が絡んでいるのだから「あり得ない」とは言えないだろう。
「そういう様々な理由がありまして、この独立は認めず、速やかに治める必要があるのです」
と、最後にエルシィがそう締めくくった。
「ダ、ダプラ将軍……」
あの岩を粉砕した何らかの力、アレがこの砦を襲えば、と想像すればひとたまりもない。
不安そうに兵たちは上官を振り返る。
その最上位にいるのがダプラ将軍である。
「ええい、戦えというなら是非もない。
兵は急ぎ支度して出撃だ。
妖かしの軍勢など粉砕し、我らが独立を勝ち取るのだ」
「……おお!」
ここに残っているのは独立反抗勢力に対する粛清を逃れた者たちだ。
積極的にしろ消極的にしろ、独立に対しては一応前向きな者たちばかりである。
ゆえに、彼らはダプラ将軍の激に答えて気勢を上げた。
そうだ、上空の少女が神であろうが悪魔であろうが、戦えというからにはそこで勝利すれば道が開けるはずなのだ。
砦に詰める者たちはさすが訓練を積む軍人であり、この急な出撃にも迅速な準備を整えた。
そもそも砦とは外敵が急に来たから戦えないとは言えないものである。
ゆえに緊急出動の訓練は日ごろから行っていた。
この辺りはダプラ将軍の手腕と言えるだろう。
そういう訳でエルシィが砦の上空に現れてから小一時間と経たず、ダプラ将軍率いる五〇〇に満たない砦兵と、エルシィにより送り込まれたスプレンド卿率いる五〇〇強の兵が、ほど近い平原にて接敵するのであった。
続きは来週の火曜日に




