272ケシ農家より美味しい話?
「売るものは何でもいいのですけど……お台所の洗剤……は作り方知らないので、石鹸で行きましょう」
「石鹸……ですか?」
商売をしてこい、と言われたコズールはもとより、何を言い出すかと興味を示して傾聴していた皆が首を傾げた。
この世界にも石鹸はある。
ただしあるのは軟石鹸だ。
軟石鹸は我々の知る固形の石鹸とは違い、言葉の通り柔らかいクリーム状の石鹸のことである。
そしてこの石鹸はかなり臭い。
エルシィは以前からこれに不満を持っていて、機会があればもう少しましな硬石鹸を作らせようと思っていたのだ。
「今あるモノより良いものを売ると。なるほど、基本ではあるな……。
でもあんた……いやエルシィ様のことだからただ商売して来いってわけじゃないんでしょう?」
コズールに言われて、エルシィは無害そうな笑みを浮かべて頷く。
「良いものを広めたいという気持ちは本当ですよ」
これはいわば商社マンの本能でもある。
良い商品を見つけた。そしてその商品を欠いている場所がある。
ならばその懸け橋になるのが商社の仕事と言えるだろう。
ただまぁ、その中間マージンは頂くので、売る人、買う人、そして商社がみんな得をするというのが理想である。
もちろん、今回についてはそれ以外の目論見が強いのは確かだった。
「コズールさんはまず傭兵団国に入ってケシ畑の労働者に接触してください」
「はぁ。まぁ畑の農民なら石鹸は入用でしょうが……小作人なんて金持ってないもんですけど?」
これだけ海外に広まっている以上、ケシ農場は大規模運営されているだろう。
という予想の元にそう反論してみる。
農園の地主ならお金を持っているが、そういう地主は小作人の為にエルシィの作る新しい石鹸などという高級品を買い与えないだろう。
ところがエルシィもそのことは承知のようで笑顔は崩れない。
「コズールさんはその小作人の方々に、石鹸を卸してくださればいいのです。
そしてこう言うのです『その石鹸を広めたいから知り合いを紹介してほしい。そうしたら紹介した人数によって卸値をあなただけに割引するよ』と。
そして『その知り合いにはあなたを通して石鹸を卸すと良い』ってね」
エルシィの狙いはほんの少しの嫌がらせではあるが、これによって小作人が農業より楽なお金稼ぎに傾倒すること、また傭兵団国の経済に混乱が起きること、などの期待もある。
あ、これアカンやつや。
と気づいた人が、この会議室に何人いるだろうか。
少なくともコズールと、そしてライネリオが気付いたようで、前者は下卑た笑いを口元に浮かべ、後者は頭痛をもよおしたかのようにこめかみに手を添えた。
もちろん、ケシ農場が予想通りの形態で運営していない場合もあるだろうから、エルシィはいくつかの修正案を提示し、その他一切はコズールに任せると言い渡した。
まぁ、それくらいはできないと小悪党などやってられない、と、コズールも委細承知し改めて命令を受託した。
さて、そうしてメコニーム問題をとりあえず区切り、山の妖精族親子についてである。
「本人たちの意思確認の後になりますが、配属はどうしましょう?」
エルシィがクリンと首をかしげて問うと、ハイラス領府君の地位を仰せつかったクーネルは上目遣いにおずおずと申し出る。
「使いようによっては治安維持に大いに役立ちそうですから、出来ればハイラス領に欲しいです」
「そうすると、欲しいのはお父さんの方ということですね?」
即座にそう訊き返され、クーネルはポカンと呆気にとられた。
ここまでの話で特に有能さがアピールされたのは、確かに山の妖精族親子の父、オスカである。
少し考えてクーネルはやはりその能力は欲しい、と思い、頷いた。
とはいえ、これはダメ元という面もある要求だった。
治安維持であれば今は落ち着いたハイラス領よりセルテ領の方が必要だろうし、何より君主であるエルシィが優れた人材を欲するのが判っているからだ。
ところがエルシィは少しだけ渋々という風の素振りをしつつクーネルの要求に是と頷いた。
「いいでしょう。
その代わり、息子さんのレオ君はこちらに来てもらいます。
もっとも、親御さんと離れてもいい、という了解を得られればですけど」
その後もしばし会議は続き、人材の移動や足りない人手を今後どうするか、などが話し合われた。
そしてそろそろ、この段階で決めるべきことはおおよそ片付いた、というタイミングでその知らせはやって来た。
申次や侍女、近衛士などとのやり取りを経て会議室に入って来たその伝令警士は、深刻そうな顔でエルシィの前に跪く。
「報告します!
デーン男爵国との国境砦にて、ダブラ将軍が独立を宣言しました」
セルテ領の混乱は、まだ収まっていない。
この章、もうちょっとだけ続くんじゃよ……
次回は金曜日です




