270正しいことは人によるという話
「話の腰を折って悪いんだけど、山の妖精族の話はどうなったんだ?」
と、深刻そうな場においておずおずとそう述べたのは神孫の双子の弟アベルだった。
確かに。
などと思いいたってハッと顔を上げる者が何人かいた。
エルシィもその一人だ。
エルシィは小さく頷いてライネリオを見る。
「ええ、この話をホンモチ氏に持ってきたのが、その山の妖精族親子の父であるオスカ氏だったのですよ」
「なるほど。
確かオスカさんは文司の探偵方をされていると言ってましたね」
山の妖精族親子はエルシィに保護されたが、後方預かりとなっていたため、とりあえず仮に仕事を割り振られている。
その報告はこの話題の合間に聞いていた。
「文司の探偵方と言うと、訴訟のについての証拠集めや裏取りが主の仕事だったと思うが、メコニーム関連の訴訟なんかハイラス領であったのですか?」
先ほどハイラス領の府君として任命されたばかりのクーネルが、とても嫌そうな顔で言う。
そういう彼も若い頃メコニームを何度か勧められて口にしたことはあったが、先ほどのエドゴルの話で「傾倒しなくてよかった」と胸をなでおろしたところだ。
「いえ、訴訟ではなく、たまたま街を歩いていて匂いを嗅ぎつけたとのことです。
彼の探索能力は得難いですね」
この疑問に対してはライネリオも答えを持ち合わせていたようでスラスラ答える。
一同が「なぜこの話題になったか」を理解したところで、興味の矛先はメコニームへと戻った。
「それでエドゴルさん、過去、問題になったメコニームに対し、セルテ侯国ではどのような対処をされたのですか?」
興味が戻ったところで、エルシィは話を続けて、とばかりにエドゴルに振る。
エドゴルは少し渋い顔をして答える。
「一時、禁止令も出したのだが……上手くはいかなかった」
「そのような危険物であれば、上手くいかなかったでは済まないでしょう」
と、これはフレヤだ。
彼女からすると、そうした危険物の犠牲になりやすい孤児院の子供たちのことが気になって語気が少々荒くなっていた。
エドゴルも、また他のメコニームを体験したことのある大人たちも、少し気まずそうな顔をして首を垂れる。
メコニームは一般的というほどではないにしろ、そこそこ長く生きていれば経験する機会が巡って来るものであった。
ただ危険物であるという認識は薄く、今、エドゴルの言葉で認識した者も多い。
そう、危険物であると知れば、フレヤの言うことは確かに正論なのだ。
これに真っ向から異を唱えるのはいろいろな意味で難しい。
「そう簡単なことじゃねーのよ」
ところが平気の平左、と言った雰囲気で肩をすくめて口を挟む者がいた。
フレヤ同様に孤児院に世話になり、紆余曲折の後にエルシィ家臣の末端にその名を連ねた人物。
元ジズ公国警士コズールだ。
彼はハイラス領において、反乱分子の摘発に役立ったということでエルシィからその罪を許されて、正式に家臣となっていた。
とは言え、難しいことが話せるような頭がないと自覚しているので、こういう会議に呼ばれることはあっても、あまり口を挟むことはなかった。
そのコズールが珍しく口を開いた。
フレヤは未だ彼に嫌悪感を持っているようで、ジロリとにらむ。
「元侯爵様よ。メコニーム禁止令が上手くいかなかったって言うのは、つまり下層民の暴動でもあったんじゃねーか?」
フレヤのにらみを真正面から受け止めると震えがくるので、コズールはあえて目線を外してエドゴルへと向けた。
言われ、エドゴルは静かに頷いた。
「暴動が起こる前に撤回したが、あのまま放っておけばそうなってたであろうな。
それくらいには反発が大きかった」
いわゆる正論の人フレヤや、そもそも上層出身の者たちには理解が及ばなかった。
が、コズールは「さもありなん」という顔で頷いている。
「どういうことですか?」
フレヤが眉をひそめて問いただす。
コズールは鼻で笑うように息を吐くとそれに答えた。
「日々の生活に追われて安酒くらいしか楽しみがないような連中からすれば、そのメコニームってのは救いの一つなのさ。
それを禁止にしようなんざ、悪魔の所業ってもんだ」
「それを服用すれば危険なことは判っているのに?」
「判ってねーのよ」
多くが「解せぬ」という顔をしていた。
コズールはまた鼻で笑うように息を吐く。
「その日の生活で精一杯って連中は先のことに目を向ける余裕なんかねぇ。
余裕がねえから目先のことにしか頭も気も回らねえのさ。
だから、今気持ちよくさせてくれるメコニームだけが正義で、それを禁止するお上は悪って思うのよ」
「なるほど、正しいことは人によって違う。という良い例ですねぇ」
その話を聞いて、エルシィはため息をついた。
どうやら簡単に禁止して終わりとはいかないが、何かしら手を打たねば大きな問題にありかねない。
そういう話らしいと思ったのだ。
「根本的に解決するには、そのメコニームがどこから来るのか知る必要があるのではありませんか?」
皆が難しい顔で問題に身を沈めた頃、そのように発言したのは老女史クレタ先生であった。
学者らしく理論立った意見である。
これを受け、エルシィは初めライネリオを見たが、彼はメコニームについても深く調べがついてなかったので知る由はないだろう。
というわけで続いてエドゴルへと目を向ける。
その期待の視線を受け、エドゴルは答える。
「ふむ、これは確定情報ではないのだが……。
どうやらオーグル傭兵国あたりから流れてくるようだ」
割と多くの者は「それどこ?」という顔で首を傾げた。
メコニームに付いて補足しておきます
ケシの実から作られる麻薬にはアヘン、モルヒネ、ヘロインなどがあります
実から抽出される原料を精製して作られるのがアヘン。
アヘンからさらに加工してモルヒネ、そこからさらに加工してヘロインという具合になるそうですが、作中のメコニームは若いケシの実を潰して作るので、つまりアヘンより前の状態ということになります
よってその効力はアヘン程ではなく、常用しても廃人になる可能性はそれほど高くありません
実際、中世頃のヨーロッパでは薬として常用していた人も多かった読んだことがあります
とは言え、中毒症状も出る、安全なものではないというのは確かのようですから、読者諸兄に置かれましては、けっして「試してみよう」などと思わないよう、伏してお願いします
また現代日本では麻薬取締法とあへん法によってケシの一般栽培自体が禁止されています
(ケシの実がお菓子などに使われることがありますが、これは発芽しないよう熱処理されたもので、健康に影響がないそうです)
作品の続きは金曜日に




