269メコニーム
「メコニーム……ってなんですか?」
聞きなれぬ言葉にふと話題を止めてエルシィが首を傾げた。
そもそも今はエルシィが保護した山の妖精族親子の話をしていたはずだ。
だというのに急に草原の妖精族のホンモチ氏の名前が出たかと思えば、そこからの報告として挙がったのが「メコニーム」だった。
いくらフレヤから「かわいいかしこい」と称えられるエルシィであっても、知らないモノは知らないし、脈略がつながらない話は理解に難い。
メコニーム。
その言葉を口にしたのはエルシィの宰相と呼ばれつつあるライネリオだ。
「なんでも添加液だそうです」
「てんかえき……でしたか」
一応その口から回答がもたらされたが、まだ理解に及んでいないので、エルシィは反対側へと首を傾けなおす。
ライネリオは続ける。
「私が以前いた界隈の者に聞いたところ、なんでも『安酒でもメコニームを混ぜれば気持ちよく酔える』のだそうで。
偶に酒場がどこかから仕入れて来るらしいです」
「なるほど?」
ここまでの話を聞き、エルシィの側に控えていたキャリナがキョトンとした顔でライネリオを見る。
「珍しいですね。
あなたがエルシィ様に報告を上げる時は、いつでもすでに下調べが済んでいるというのに」
ハイラス領では共にエルシィの両翼として執務を行っていたので、キャリナにとって彼は気安い相手だった。
年下であるというのも理由の一つかもしれない。
ともかく、キャリナはこのいまいち詳細が乗っていないライネリオの報告を珍しいものだと思った。
ライネリオは少し困った様な笑いを浮かべて肩をすくめる。
「私にもそういうことくらいあります。
この報告を私がホンモチ氏から受けたのが、今朝だったのです」
なるほど、それは仕方ない。
と、エルシィやキャリナは納得顔で頷いた。
ちなみに他にも側に控えているフレヤやねこ耳侍女カエデは、ホンモチの名前が出る度に少し嫌そうな顔をする。
フレヤは言わずもがなであるが、カエデはなぜか。
それは過日のエルシィ暗殺未遂事件において、実行犯であるカエデに命令を出したのがホンモチ氏だったからだ。
実のところその件に関してはエルシィから内々に許されているのだが、すでに高い水準の忠誠を捧げているカエデにとって、その命を下したホンモチは嫌悪の対象となっていた。
ところでなぜ同じ暗殺未遂事件の犯人グループであるのにカエデが許されホンモチが刑に服しているのか。
実はこれ、表向きは事件の首謀だからという理由だが、内々によれば「ホンモチは忠誠を誓った後、さらにエルシィを殺そうとしたから」である。
余談は終えて話を戻そう。
メコニームに付いてライネリオが言いよどんでいると、「おお」と頭上に電球をともしたような表情で老騎士ホーテンが手を叩いた。
「思い出した。
俺が若い頃にセルテ侯国へ来た時、酒場で勧められて飲んだのがそれであった。
確かになんだかよい気分になったが……俺には合わんと思いそれ以来は飲んでおらんがな」
「何が合わなかったのですか?」
しみじみと昔を懐かしむ顔で髭を撫でるホーテン卿に、エルシィが問う。
卿は少し考えて、当時の気持ちを思い出す。
「ふむ……。気分はいいのだが頭にもやがかかった様な気がしての。
その時は良いが、何というか酔いから覚めた後の後味が悪いのだ」
ここまでの話を聞き、エルシィは「アレかも知れない」と深刻そうに考え込んだ。
つまり彼女が頭に思い浮かべたのは麻薬である。
と、そこに旧セルテ侯爵であるエドゴルがスッと手を挙げた。
「よろしいか」
「……どうぞ?」
エルシィに許可を得たエドゴルが席から立つ。
その顔はどこか憎らしいものを思い浮かべたようなものだった。
「メコニームは……セルテ侯国では過去何度か問題になっている。
どうやらハイラス領やジズ公国では馴染がないようなので話をさせてもらおう」
これは願ったりかなったりだ。
エルシィ下、メコニームに明るくなかった面々は大きく頷いて彼の話に耳を傾けた。
「先にライネリオ殿やホーテン殿が言っておったが、メコニームは酒に混ぜて飲むのが一般的だが、どうも中毒性があるらしいというのが判っている」
あ、やっぱり。
という顔でエルシィが眉をひそめる中、エドゴルの話は続く。
「飲むのがたいてい下層の者なので、ただ酒におぼれた愚か者という見方をされて終わるのだが、メコニームによる中毒だともっと深刻になる」
「深刻と言いますと?」
かなりヤバそうな雰囲気なので、話を持ってきたライネリオも眉間のシワがより深まる。
「稀な例だが、立ち居も食事も困難になり、まともな生活ができぬようになった者もいる」
会議に臨席した一同が息をのんだ。
メコニームの存在を知っていたり、実際に飲んだことのある者もいたようだが、そこまで恐ろしい話だとは思っていなかったのだ。
「エドゴルさんはメコニームは何から作られるか知っていますか?」
意を決してエルシィがそう訊ねる。
エドゴルは小さく頷くとその名を口にした。
「若いケシの実を潰して作ると聞いている」
つまりやはりこれは麻薬の一種なのだろう。
確信を得てエルシィは大きなため息をついた。
続きは来週の火曜です




