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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第三章 大国の動向編

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268オスカの相談事

 片側だけが緊張に包まれた山と草原、両妖精族による昼食会は続く。

 特に張り詰めた気持ちを表に出さぬようホンモチは必死に隠しながらも、山の妖精族(クーシー)親子の父母、オスカやベラから投げかけられる世間話に受け答えをしていた。


 別にその気持ちが相手に伝わったとてホンモチにとって直ちに害があるわけではないのだが、そこはそれ、長年、忍ぶ者の長として生きて来た性質(さが)というやつだろう。

 細かいところで言えば、広い意味で同僚となるだろうこの親子との円滑なコミュニケーションは、ある意味彼にとっても保身に繋がるとも言える。


 人はコミュニケーションの輪から外れた者を迫害するモノだから。


「野良犬……にゃ?」

 そんな世間話の一端で、オスカの口から出て来たのがそれだった。

「わふ。この街は非常に清潔で、そして食うに困り彷徨う犬たちがいない。

 これはとても良い街だと思うであります。

 やはりエルシィ様の治世が良く行き届いているということでしょうか」


 この犬オヤジ、なかなか知恵が回りそうだにゃ。

 などと思いつつもホンモチは相槌を打った。

 実際のところ、街を清潔に保っているのはエルシィの宰相とも言われつつあるライネリオの献策によるところが大きいが、それでも策に許可の判を押したエルシィの功績とも言えるだろう。


「なるほど、オスカ殿はセルテ侯国から来なすったのにゃ」

 話題の端々からちょっとした違和感を経て、ホンモチはそう結論付けた。

 果たして、それは正解である。

「おや、わかりますか」

「セルテの領都は確かに野良犬が多かったにゃ」

 思い出す様に目をつぶり、そしてブルリと身を震わせるホンモチであった。

 彼は若い頃、まだアンドランの統領に付くよりずっと前、情報収集で訪れたセルテ領都で野良犬とは度々争ったのである。


 まぁ、争ったとはモノの言いようであり、実際には追い回されたというのが正しいのだが、それは言わぬが花だろう。

 ともかく、主城や主要な通り付近はともかく、ひとたび路地の裏に入れば当たり前に見かけるくらいに野良犬が多かった。


 ホンモチがしみじみと若い頃の苦労を思い出していると、話題に一息付けたオスカ氏が食事に付いている白湯(さゆ)をすすってから、踏ん切りをつけたかの様子で静かに口を開いた。


「わふ……ホンモチ殿は、エルシィ様の直臣でおられるのでは?」

 聞かれ、ホンモチは言葉に詰まる。

 形式上、確かに彼はエルシィの直臣であった。

 これはいわゆる元帥杖による家臣システムによって登録されている、という意味であり、彼の忠誠心は未だにエルシィにささげられてはいない。

 現に彼はエルシィに無礼(暗殺未遂)をはたらいた罪によって労働刑に処されているところだ。


 ホンモチもまた、白湯を口にしてから大きく一息ついて静かに頷いた。

「いかにもその通りにゃ」

 これを聞いて、オスカとその妻ベラ、そして子のレオも「おお」と歓声を上げてパッと笑顔を浮かべた。


「わふ。するとホンモチ殿も私たちとお仲間ということになりますな」

 やはりか、とホンモチは気づかれぬようため息をつく。

 先に「エルシィ様に拾われた」などと言っていたからそうだとは思っていたが。


 ホンモチがこの領に来てから、つくづく感じていたのがこれである。

 エルシィとはよく判らない小娘ではあるが、有能な在野の人物を見つけ出して採用していく度量がある小娘だと。


「して、ホンモチ殿。貴君はエルシィ様につなぎを取る伝手はおありですか?」

 いろいろと去来する思いにたゆたっているところに、オスカが続けてそんなことを言うモノだからホンモチはキョトンとした顔で彼を見た。

 この山の妖精族(クーシー)、直臣と言ってもまだまだ新米のようだな。と納得しながら考える。


 ホンモチとて、直接エルシィと連絡する手段など持っていない。

 そもそもエルシィは家臣の様子をいつでもモニターできるが、かといっていつも監視しているほど暇ではない。

 ゆえに、真面目に働いているうちは罪人であるホンモチに言葉を掛けることなど殆どないのだ。


「……もしあったとして、何かエルシィ様にお伝えすることがあるのにゃ?」

 とりあえず結論を出す前に話だけでも聞いておくか、と、ホンモチはそう問いた。

 オスカは答える。

「わふ……街の飲み屋からメコニームの匂いを感じました。

 ですが今の私は文司の所属ですゆえ、誰に報告したものかと」


 またぞろ厄介な。

 ホンモチは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 これは事務方で労働刑を受けているような自分ではとてもじゃないが抱えきれるものではない。


 仕方ない。と、ホンモチはしばし考えてから、食堂を見回した。

「やっぱりいたにゃ」

 見つけたのは『山里の民(アンドラン)』改め『アントール忍衆(しのびしゅう)』の忍びだ。


 今ではこの街で草原の妖精族(ケットシー)が歩いているのは珍しくないが、その多くは何かしらの仕事をしつつもその本業はエルシィの忍びなのである。

 ホンモチは食堂でもふもふと弁当を食べている草原の妖精族(ケットシー)の男に歩み寄った。

 男は今気づいた、という風で顔を上げる。

「おや、これは統領……ではなくホンモチ殿。

 いかがされましたかにゃ?」

 どうせ監視も仕事の内だろうに。白々しい。

 と思いつつもホンモチは彼に山の妖精族(クーシー)の親子の方を見るよう目線で伝える。


「エルシィ様に何か相談したいことがあるそうにゃ。

 聞いてやってくれ」

「……なるほど。承知したにゃ」


 これで厄介ごとはうまく引き継げた。

 と、ホンモチはひと仕事終えたような気分で爽快気に額の冷や汗をぬぐった。

 が、そうは問屋が卸さない、とばかりに、立ち去ろうとするホンモチの肩にはかの草原の妖精族(ケットシー)の手が置かれていた。

「まぁそう急ぐこともないですにゃ。

 一緒に聞いていくと良いにゃ」


 ちっ。

 ホンモチは心の中で大きな舌打ちを鳴らした。

メコニームが何か、についても金曜日に

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