267山の妖精族と草原の妖精族
探偵方。
この言葉を聞くと我々現代の日本人はいわゆる「私立探偵」を思い浮かべるだろう。
特にイギリスの有名小説に出て来る御仁や、有名漫画の身体は小学生な私立探偵等々。連想するネタに事欠かくことはない。
ではここ、ハイラス領を含む旧レビア王国文化圏において「探偵方」と呼ばれる人々はなんであるか。
と言えば、これは簡単に言い換えれば密偵ともいえる職業だ。
所属は警士府であったり、場合によっては文司や水司だったりもする。
要するに各司府において、その職域を果たすために必要に応じた探索行に従事する人たちが探偵方なのである。
これは何も特別な話ではなく、日本であっても昔は公儀の配下にこういう職の人々がいた。
有名どころで言えば江戸の十手持ち、岡っ引きも公儀の探偵と言えるだろう。
また、かの有名な新選組の山崎丞。
彼もまた組所属の探偵であったと言える。
つまりは方々で活躍する捜査官たち。それが探偵方なのである
さて、セルテ侯国のとある村にてエルシィに拾われた山の妖精族親子の父。オスカもまた、今、探偵方としてここハイラス領都で働いていた。
ただその肩書は「探偵方与り」でしかない。
ともかく、その探偵方のオスカは今日もその職務を果たすべく、領都の繁華街を歩いていた。
文司所属の探偵方であるオスカの仕事は、様々な訴訟案件の裏取りなどである。
「わふ。これで午前に指示された分の確認は終わりですかな。
ではお昼を頂きにでも行きましょう」
手にしていたメモをチラと見てオスカはそう肩の力を抜いた。
余人が見てもそのメモは適当なお買い物メモにしか見えないだろうが、それは暗号的に書かれているだけであり、実際には彼の仕事に付いてのお仕事メモなのである。
そう、彼は農村奴隷という地位に甘んじてはいたが、実は文字も読める知識人なのであった。
「むぅ、もうレオも待っているかもしれぬ。
急ぐとしましょう」
他の小間使いのようなお仕事を言いつけられている息子のレオ。
彼とは一緒に食事をする為に食堂で待ち合わせをしているのだ。
オスカはメモを無くさぬよう慎重に内ポケットへ仕舞って、道を急いだ。
と、その時であった。
オスカは気になる匂いを嗅ぎつけた。
立ち止まりキョロキョロと見回し、無意識に足を動かす。
どうやらその匂いはやけに小汚い入り口の、場末の居酒屋からのようだった。
真昼間だというのにアルコールの匂いがプンプンする。
ついでに言えば、その酒の匂いに隠れるように、かすかにその匂いがオスカの鼻に届いていた。
「これは……わふ。
誰に報告すべきでしょうか」
オスカは渋い表情を浮かべて少し考えこみ、そして店内の何者かに気付かれぬよう、そそくさとその場を去った。
草原の妖精族の老人ホンモチは、配膳係をしていた山の妖精族の中年女性との会話から離れ、出来るだけ遠くの席を確保して腰を落ち着けた。
「年甲斐もなく怯えてしまったにゃ。
とはいえ、本当にあの者たちに会うなど何年ぶりのことか。
まったく肝が冷えたにゃ」
自分に対する情けなさもあって不機嫌そうなホンモチだが、テーブルに広げた松花堂形式の弁当とスープを前にしてはいつまでもそんな顔ではいられない。
早速と舌なめずりしてスプーンを取った。
「いただきますにゃ……」
と、そこへ少し離れたところからなぜかその会話だけが鮮明に聞こえた。
「わふ……混んでおるな。どこか席は……」
「パパさん、あそこ空いてる!」
「どれ……なるほど、四人席にお一人でおられるようだ。
ひとつ相席をお願いするか」
ホンモチはスプーンを降ろして自分のテーブルを改めてみる。
どうやらその父子らしい会話は、ホンモチのいる席について話しているらしい。
ホンモチは彼らに席を勧めようとにこやかに振り返った。
振り返って、蛇に睨まれたカエルのごとく固まった。
いや、この場合は比喩など使う必要はないだろう。
つまり、天敵である犬に見つかった猫だ。
ホンモチが振り返った先にいたのは、山の妖精族の父子、オスカとレオだった。
「わふぅ、これは草原の妖精族の御老人。
相席させていただいて宜しいですかな?」
オスカが紳士的に笑顔を浮かべる。
そこにはホンモチが山の妖精族に持つような隔意は感じられない。
この種族的溝、とホンモチが思っている苦手意識は、実は草原の妖精族側からだけの片思いなのかもしれない。
ともかく、ここ司府食堂にいる以上は大きな意味で同僚なのだ。
断るのも角が立つ。
ホンモチは渋々ながらもひきつった笑顔で「どうぞにゃ」と言った。
と、そこにさらにもう一人やって来た。
「私もよろしいですか?」
それは先ほどスープを配膳していた山の妖精族のご婦人だ。
かこまれたにゃー!
誰にも聞こえないホンモチの心の叫びが彼の脳裏に響き渡った。
続きは来週の火曜日に




