260男爵国始末 ※あとがきに地図掲載
幼女男爵ことレイティル・エリクスド・ヴィークは思う。
短い人生じゃった。と。
彼女の父、先代ヴィーク男爵は近海においてとても恐れられた「立派なヴィーク国元首」であった。
そもそも北海にあって小さな島国であるヴィーク男爵国は、小麦もろくに育たない貧しい国である。
ではその最貧国がいかにして国民を食べさせていこうかと考えた時に、過去のヴィーク男爵はこう考えた。
「無いモノは、ある所から奪えばいい」と。
現代人たる我らからするとこれはいかにも野蛮な考えのように思うが、つい一〇〇年もさかのぼれば我らの世界でもこれは当たり前にまかり通っていた理論である。
それどころか、無い国から搾取するのさえ当たり前であったのだから、どちらが野蛮かと問われれば口をつぐむしかない。
ともかく、その最貧国ヴィークはその稼ぎの職として海賊という道を選んだ。
レイティルの父、エーリクはその海賊業において、ヴィーク男爵国を過去数百年の歴史の中で最盛に導き伝説となった海賊王であった。
そのエーリクは中年も終わりに差し掛かり、やっと子宝に恵まれる。
海賊王エリークが最後に手にした宝と言われるそれが、レイティルであった。
だが、海上にて無敵をうたわれたエリークも自然には敵わない。
彼はレイティルが生まれて間もない航海で、それこそ一〇〇年に一度という大嵐に飲まれて行方を断った。
それすなわち、死である。
そうしてろくに物心つかぬうちから男爵となったレイティルは、エリークの腹心たちに囲まれ、両足で立って歩くことを憶えた頃には海賊大将となっていた。
彼女が最初に話した言葉は「いかりをあげろ!」だったと伝えられているが、これが本当のことかどうかは定かではない。
そしてレイティルが六歳となり、すでに数えきれなくなっていた数々の海戦の一つにて、ついに大敗を喫した。
それが此度のカタロナ街道沖海戦である。
と、いかにも深刻そうに肩を落とす幼女を見てさすがに気の毒になったエルシィは、大きくため息をつきながら意地悪そうな表情をひっこめた。
「死刑なんかにはしませんよ。
賠償を頂いて、あとは……そうですね。
今後、うちに手を出さないと誓ってくださるなら放免いたします」
これを聞いてレイティルと、その少年侍従ラグナルはキョトンとした顔で当の少女侯爵を眺める。
とてもじゃないが、噂に聞く鉄血姫とは思えない。
それが二人の感想だった。
エルシィの噂は旧王国文化圏じゅう、とは言わないが、ハイラス伯領の近隣諸国くらいには届いている。
曰く、侵略者に対し容赦なく、逆撃にて敵国を征服する苛烈なる姫。
これが彼女の端的な評価だった。
まぁ、事象で述べるのであれば、さほど間違ったことではないので否定しずらい。
ゆえにエルシィもこれに対しては特に反論せずに目を細めるだけだった。
レイティルはしばしエルシィの顔を眺め、彼女が本気であることを理解すると、今度は困り顔で自らの侍従と顔を見合わせた。
「賠償、といってものう……」
「そうですね。我が男爵国の倉庫には、麦の一粒だって備蓄はございません」
そうなのだ。
それゆえ、彼らは海賊家業から足を洗えないのだ。
エルシィもこれには困った顔でキャリナに目を向ける。
「どうしましょうね。
ヴィーク国に何か価値がある資源でもあればいいのですけど」
「資源、ですか?」
キャリナはこれに「言ってることが判らない」という顔で返す。
それはそうだろう。
エルシィの頭にあるのは地下資源、具体的に言えば石油などのことであった。
まぁ、キャリナの反応を見て、エルシィもすぐに考えを改める。
今、石油が手に入ったところで、現状の化学レベルではろくに活用もできないのだ。
「資源のう……なにかあるか?」
「岩塩が少々取れますが、この辺りではあまり価値もないでしょう」
ゆえに最貧国。
そんなものがあったら、彼らももう少しましな生活をしているのだ。
しばし、レイティルもエルシィも困り顔でうんうん唸り、そしれ幼女男爵は「良いこと思い付いた」とばかりにポンと手を叩いた。
「そうじゃ、臣従しよう!」
結局、何も支払えないヴィーク男爵国なので、エルシィもこれを受け入れるしか無かった。
ひとまずレイティルたちはねこ耳侍女カエデに言いつけて、エルシィの住まいとなっている侯爵館の客室に案内してもらう。
その上でエルシィは彼女を連れて来た神孫の双子の姉の方、バレッタに目を向けた。
「こうなるって判ってたでしょ」
「まぁ、そうね。あたしを苦戦させた相手だしね。
そのままにするのも惜しいかと思って」
バレッタに悪びれる様子はない。
エルシィはこれからヴィークに出す食料援助などに思いを馳せつつ、小さくため息をつく。
「わかりました。確かに彼女たちの海軍力を放置する手はないでしょう。
ヴィーク男爵国の臣従を受け入れ、その戦力はバレッタに預けます」
「ふふん、お姫ちゃんならそう言ってくれると思ったわ。
そろそろ、海の方も手が足りないと思ってたのよね」
こうして、ジズ公国、ハイラス伯領、そしてセルテ侯領と長くなった海岸線を守る海上戦力は万全となる。




