259幼女男爵
「おー、おかえりなさいですバレッタ」
ごく親しい間柄の彼女が入って来たということで、エルシィは再び執務机にふにゃっとダレた。
それを見て察するバレッタも、苦笑いをするだけで何も突っ込まずに言葉を返す。
「ただいま……って言うのも変よね。
出かけたのは全然違う場所からだし、そもそもお姫ちゃんはセルテとるつもりはなかったんでしょ?」
「無かったです~」
素直にソロっと手を上げて肯定するエルシィであった。
「エルシィ様、一応家臣の手前なのですから、もう少しシャキッとしてください」
主君と侍女のだけの場合はまぁプライベート味を出しても咎めないキャリナだが、そこに他の家臣が加わるなら話は別である。
だが、エルシィもバレッタも揃って「ないない」と手を振った。
「バレッタやアベルはもう家族みたいなものですから、良いことにしましょうよ」
「そうね、今更だわ」
「はぁ、仕方ありませんね」
お作法的にはよろしくない流れではあるが、まぁ今の状況では気の抜ける場所が多いに越したことはない、とキャリナも渋々納得することにした。
しかし、とキャリナは言葉を続ける。
「それでもやはり外のお客様がいらっしゃるときにはシャキッとしてくださいね」
「あいあいまむ?」
ただ今後に対する忠言と思って気の抜けた返事をするエルシィだったが、その途中で少しキャリナのニュアンスが違うことに気付く。
その目がたった今バレッタの入って来た扉を見ていたのだ。
「あれ? もしかしてお客様ですか?」
「あ、そうだったそうだった。忘れるところだったわ」
キョトンとした顔で問いかけるエルシィに、バレッタは「失敗失敗」とばかりにぺろりと舌を出す。
続いてトコトコと扉へ向かって行き、その手ずから開いた。
そこには小さなエルシィと同じくらいの背丈の幼女と、お付きらしい侍従の少年が立っていた。
幼女は襟を立てたコートを羽織り勇ましい服装で腕を組んでいるが、全体のパーツが小さいためにどう見ても可愛らしいようにしか見えない。
「えーと、どちら様?」
困惑したエルシィがバレッタに視線を送りながら訊ねる。
バレッタは幼女に並んでえへんと胸を張って答えた。
「こないだの海戦であたしと戦った相手よ!
お姫ちゃんに紹介しようと思って」
「はぁ……はぁ?」
詳細な報告は受けていないが、一応海戦のあらましは聞いている。
曰く、突如現れたヴィーク男爵国の艦隊と戦闘になり、辛くも勝利したと。
海において「ずるっこ」ともいえる攻撃手段を持つバレッタが苦戦したというのがすでに想像できなかったエルシィだったが、まぁそれはバレッタが来てから詳しく聞けばいいや、と思っていたので、ここからその話になるとばかり思っていた。
そこへ来てこの来訪である。
ゆえに、ちょっとビックリ。とばかりにエルシィは言葉を失ってしばし幼女を眺めていた。
と、幼女の方は幼女の方で、そのエルシィの反応に気を良くしたようだ。
えへんぷいと胸を反らし組んでいた腕をほどいて腰に当てた。
「うむ、苦しゅうないぞ。
わらわの名はレイティル・エリクスド・ヴィーク。
高貴なオーラがにじみ出ておるからお察しじゃろうが、ヴィーク男爵であるぞ」
はっはっは、とその幼女は可愛い高笑いを上げる。
「はぁ、男爵陛下御自身でしたか」
そう言えば以前、ハイラスの港で会ったなぁ。
などと思い出して合点がいったエルシィだった。
もっとも、レイティル男爵の方は全然気づいていない様子だが。
しばし高笑いを続けるレイティルと、主人の無礼に気付いて顔を覆い隠す少年侍従。
そしてそこにニコニコしたままのバレッタが、割と強めにレイティルのお尻をスパンと叩いた。
「痛いぃ!
な、何をするのじゃ!
わらわは確かに敗軍の将ではあるが、その方このような仕打ちを受けるいわれはないぞ!?」
「……いえ、お嬢様。
あなたは今、この場で首を刎ねられても文句が言えない立場ですよ」
「なんじゃとぉ!?」
少年侍従から言われ、青天の霹靂とばかりにドびっくりするレイティルだった。
主従のやり取りに頷きつつ、バレッタが「やれやれ」と肩をすくめてから再び口を開く。
「レイティル。よく聞きなさいな。
ここにいるのはあたしの主君。ハイラス伯エルシィ様よ!」
「なんとぉ!?」
今度はバレッタの言葉にドびっくりしたレイティルが、そのバレッタとエルシィの顔を交互に見て、一度言葉を失ってから大きな声で笑う。
「はっはっは、待て待て。そなたも冗談がおじょうずじゃのう。
こんなちんまい伯爵さまがいるわけなかろ?」
この場の皆が「お前が言うか」と思った瞬間である。
当のエルシィは腹を立てるでもなく苦笑いを挟み、バレッタの言葉を肯定するよう頷いた。
「ご紹介にあずかりまして改めまして。
わたくし、ジズ大公家が娘にしてハイラス伯。またこの度、不本意ながらもセルテ候にも就任いたしましたエルシィと申します。
以後、どうぞよろしくお願いしますね? 男爵殿」
さすがに冗談ではない、と気づいたようで、レイティルはピタリとその笑い声を止めた。
止めて、たらりと冷や汗を垂らし、手を水平チョップの形にして自らの首にちょんちょんと当てる。
「わらわ、これか?」
これにエルシィは無言のままニッコリ笑顔を向けることで返事とした。
続きは金曜日です




