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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第三章 大国の動向編

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255恭順の意

 エルシィが目を覚ました。

「おお姫様。して、首尾はいかに?」

 お供衆の中で一番体格の良いホーテン卿がトランス状態のエルシィを支えていたので、真っ先に気付いたのは彼だった。

 エルシィはまだぼんやりとした目でホーテン卿を見て頷き、そして周りを見回す。

 なぜか机向うにいるセルテ候エドゴルがやけにハラハラした顔でこっちを見ていた。


 いや、エドゴルが降伏して禅譲を宣言し、そしてエルシィがイナバ翁神に神授の金印の所持者と認められた以上、もう彼は「旧」セルテ候となる。


「お、おい、大丈夫なのか?」

 オロオロとしたセルテ候が問いかける。

 エルシィはにへら、と笑ってホーテン卿の手から降り、自分の脚で立つ。

「ご心配いただきまして恐縮ですが、この通り身体の方はなんでもございません」

 との答えに、エドゴルの方は一度ホッとしてから眉間にしわを寄せた。


 わざわざ口には出さないが「べ、別に心配したわけじゃないんだからな」という心境である。

 実際、彼は本当にエルシィの身を案じたわけではない。

 単に暗殺の嫌疑をかけられるのではないかと、自分の行く末を心配していたのだ。

 そう、これから敗戦の首魁として、ハイラス領に戦争を仕掛けた者として裁かれるであろう彼の思惑は、もう「いかに生き残るか」に切り替わっている。


 生き残りさえすれば浮かぶ瀬もあろう。

 生きてこそ、何をするにも機会が与えられるのだ。

 彼はそういう意味で徹底した合理主義者であった。


「姫様、首尾の方は?」

 新旧セルテ候同士の短い一連のやり取りが終わったのを見止め、ホーテン卿が再び問うた。

 他の側仕え衆もまた同じ興味に黙って答えを待っている。


「はい。大変不本意ながらも、イナバ神にはお認め頂きました。

 今日からわたくしがセルテ候爵でございますよトホホ」

 エルシィはそれはもう、大変嫌そうな顔をしてそう宣った。


 正直、この言葉を聞いて、旧セルテ候エドゴルは困惑気に眉をひそめた。

 今、何と言ったか。

 イナバ「神」だと?


 ガチガチの無神論者であるエドゴルは、ここまで恐れを抱いていたエルシィに、少しばかり蔑みの感情をいだく。

 神などというまやかしを信じる者は、彼にとって全てが同じく愚か者なのだ。


 ところが当然ながら彼のそんな感情を知らず、エルシィはため息交じりに次の行動を始める。

「さてさて、ではお外の争いを治めましょうか。

 ……『ピクトゥーラ(画像表示)』!」


 言葉と共に、エルシィの斜め上くらいの場所に光る四角い窓のような何かが酷然と現れた。

「な、なんだ!?」

 エドゴルは驚きに声を上げるが、エルシィ方の人間は誰もすでにお馴染みなので特に反応はない。

「?……?」

 そのリアクションの無さすぎな状況にエドゴルもその侍従たちも疑問符を飛ばしまくる。


「も一個『ピクトゥーラ(画像表示)』」

 そしてエルシィは続けてもう一つの虚空モニターを出す。

 それぞれ、現在戦闘が行われている天守の東西が映し出されていた。


「こ、これは……?」

 誰に問うでもなく、エドゴルが食い入るように虚空モニターを眺めながら呟くと、近衛士フレヤが自慢げに腰に手を当てて胸を張った。

「エルシィ様が神より与えられし権能の一つです。

 畏れ敬いなさい」


 まだ十代の少女にこんなことを言われたら、普段のエドゴルであればカッとなるところだ。

 が、今はそんな場合ではない。

 ともかく、目の前で起こる不思議な光景にくぎ付け状態だった。


 エルシィはモニターを前に声を張る。

「城内にいる皆さま。初めまして。

 わたくしはジズ大公が娘にしてハイラス伯であるエルシィです。

 直ちに戦闘を止め傾聴してください。

 繰り返します。

 直ちに戦闘を止め傾聴してください」


 この声は天守外の東西。

 それだけでなく、城壁内にもまた響き渡った。

 戦い、とは言えほぼ防戦一方のセルテ側と、陽動なのでほぼ攻め上がる気のないハイラス側の硬直に近いそれに従事する者たちにも、当然届いている。

 彼らはこれで手を止めたりはしないが、それでも幾分、その動きは緩んだ。

 ハイラス側の者は「作戦の終了が近い」と思い、セルテ側の者は「どこからこの声は降って来たのだ」と困惑に包まれながら。


 空から降りし言葉は続く。

「この度、セルテ侯国よりハイラス領への侵略を受け、色々ございまして罷り越しました。

 そしてセルテ候エドゴルの降伏を受け、この度、わたくしエルシィが新たにセルテ候の地位に就くこととなりました。

 ゆえにこれはセルテ侯爵として、最初の命令です。

 城内で抵抗を続けることまかりなりません。

 今すぐ武器を捨て、恭順の意を示しなさい。

 新たなセルテ侯爵に従うのであれば悪いようにはいたしません」


 声をきき、多くのセルテ側の警士たちは武器を捨てて両手を上げた。

 この土地において侯爵の命令は絶対である。

 よしんばこの声がまやかしであったとしても、これだけの同僚が聴いているのだから騙されたとしても咎められはしないだろう、という打算もあった。

 中には声の降って来る空に浮かんだ光の窓を見つけて、信心深くもひれ伏す者さえいた。


 エドゴルはエルシィの操る虚空モニターと、その向こうに映る城内の様子を見て、こう思わずにいられなかった。

 こいつヤバい。早々に降伏しておいて良かった。と。

 エドゴルもまた、信心が生まれたわけではないが、そっとエルシィの前に跪いた。

続きは金曜日です

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