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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第三章 大国の動向編

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254イナバ神問答

 セルテ候が雑に頬り投げた金印を受け取ったエルシィは、例のごとく例の神域に入った。

 精神のみが入ったゆえに、その肉体はいつもの通りこてんと脱力して、慌てて駆け寄ったキャリナはじめ側仕え衆の手によって支えられた。


 それぞれがホッとしたのも束の間、もっとも慌てたのは金印を投げた当のセルテ候エドゴルである。

「ま、まて、俺は何もしていないぞ!」


 この状況、ともすれば何か怪しいアイテムを使って暗殺でももくろんだと疑われかねないのである。

 セルテ候エドゴルは急ぎ釈明をするが、言って「これ信じる奴はいないだろうなぁ」という一種諦めの感情をいだきつつあった。


 まったく、何という人生だ。

 あの女神を詐称する妖怪に引っ掛けられるまでは、程々に順調な領主人生だったハズなのに。

 まぁ、忠誠心の低い配下も少なくはなかったが、それは自分の施政や態度に起因するので仕方がない。

 国を治めるというのは奇麗ごとだけでは済まないし、自分だって聖人でいられるわけではないので仕方がない。


 だがハイラス領出兵を決めてからこっち、人生の機運は急転直下だ。

 あの妖怪。本当に女神だったとしても、司るのは不運に違いない。

 忌々しい貧乏神め。


 などと眉をしかめつつ考えているが、相対するエルシィの側仕え衆は然程慌てた風でもなく、また、エドゴルに不信の目を向けているわけではない。

 逆に感心しているようにも見えなくもない。


 エドゴルはこの不思議な状況に困惑するしかないが、つまり、エルシィの家臣たちは皆、今の状況を判っているだけであった。

 すなわち、自分の主君が今、神と対話しているということを。



 そしてそのエルシィの精神は、真っ白なただっ広い神の領域に招かれていた。

「あ、イナバくん。やほー」

 エルシィがその神域の中で唯一色を持つ存在を見つけて手を振る。

 それは先ほど彼女が受け取った神授の金印にちょこんと鎮座して浮いている白いウサギの老神だ。

「やほーって、軽いの……」

 イナバ神は少し呆れたように片眉を上げるが、特に不機嫌な様子はない。


 彼はすでにエルシィが対面しているハイラスやアンドールのイナバ神とは別個体ではあるが、元は同一の分御霊である。

 ゆえに、エルシィと対面した瞬間に「あ、こいつすでに領主で他のイナバと会っているな」ということが判っていた。

「まぁよい。やっと資格ある後継者が来たのじゃしな。

 して、お主がこのセルテの土地を継承するということで良いんじゃな?」

「ちょ、ちょっと待ってください? じゃすたーもーめんと?」


 すでに他の領主であるエルシィにこまごまとした説明は必要なし、とばかりにイナバ神は話を進める。

 が、エルシィからすれば何やら違和感のある言葉だったため、慌てて進行を押し止めた。

「あの、今『やっと資格ある後継者が来た』って言いました?」

「ああ、言ったがどうした?」

 どうにも齟齬がありそうなやり取りで、エルシィは困惑気に眉を寄せた。


「『やっと』というところが引っかかります。

 その……エドゴルさんはセルテ候でしょ?」

 そうなのだ。

 エルシィが先ほど対面した、というか今まさにエルシィの肉体は対面中であるエドゴルが、現在のセルテ侯爵。

 つまりこのセルテの土地の支配者のはずなのだ。


 ところがどうにもこのイナバ神の口ぶりでは、エドゴルはセルテ候にカウントされていないような印象なのだ。


「ああ、そういうことか」

 イナバ翁はポンと白い手を打って納得気に頷いた。

「あやつな。

 血筋的にはまぁここしばらくセルテを治めている者の家系なんじゃが、前の権利者が亡くなってから継承の儀を行ってないんじゃ」

「はい?」


 エルシィの困惑は深まった。

 現行の支配者がいなくなった後に権利を有する者がこの金印に触れれば、自動的にイナバ翁より継承の儀を押し進められる。

 これがここまで二度ほど継承の儀を経験したエルシィの印象である。

 であればこの金印を持っていたエドゴルが継承の儀をしていない、などということがあり得るのだろうか?


 左右に首をかしげて疑問符をまき散らすエルシィを見かねて、イナバ翁は続けて経緯というか回答を口にする。

「あの者な。無神論者なんじゃ」

「無神論者……でしたか」


 しばしば日本人は海外の方から無神論者と勘違いされることがある。

 そのため自分を「無神論者である」と勘違いしてい方も多い。

 ゆえに、ここで簡単に無神論者の定義を言っておこう。


 無神論者とは「神の存在を信じず、積極的に否定する」者のことである。


 この定義からすると、多くの日本人は無神論者とは言えない。

 潜在的な無神論者であることまでは否定できないが、「宗教は信じないが超常的な存在はいるのではないか」と考えることが多い日本人は、どちらかと言えば消極的有神論者であると言えるだろう。


 話が少し逸れたので軌道修正。

 つまり、エドゴルは神の存在をまったく信じず、そして「神はいる」とのたまう者を否定する論者なのだ。


「で、無神論者だとなんでダメなんです?」

 とはいえ、相手が神を信じようが信じまいがイナバ翁には関係なくない?

 というのがエルシィの感想であった。

 無神論者だろうが何だろうが、イナバ神の務めを考えればとりあえず継承さえさせてしまえばいいのである。


 ところがイナバ翁が言うにはそうではないらしい。

「知っての通りワシは分御霊じゃからあまり力はない。

 であるから、神の存在をまったく信じないものには声が届かんのじゃ」

 ははぁ、そういうモノか。

「まぁの、それでもアルディスタやティタノヴィアクラスになれば問題ないのじゃ。

 なにせ奴らはこの現世に肉体を持って顕現しておるからの」

 ここまで言われてエルシィも深く納得に頷いた。


 つまり、イナバ神では格が低すぎて、信じない者に働きかけるほどの力がない、ということなのだろう。

 それで人間社会的には侯爵として認められているエドゴルも、霊的継承の話で言えばセルテの土地の支配者ではないということになってしまうのだ。


「ちなみに、継承されてないと何か困るのですか?」

 と、ここまで来てさらなる疑問が生じた。

 エドゴルが神によって土地の支配者と認められていないのに、セルテ領には特に困ったことが見当たらない。

 いや、先日の村のように細かいことはあるだろうが、あれは政治の問題だろうし。


「継承者がいるかいないかで変わるのは、我ら神々による恩恵が与えられるか与えられないかというところじゃな」

「なるほど? 恩恵……でしたか」

「おぬし、解かっておらんじゃろ」

「えへへ」

 案外簡単に回答は得られたが、意味はあまりわからなかった。


「まぁ、しばらく継承者がこなっかったから暇じゃったしの」

 だが親切にもイナバ神は続けて解説をしてくれるようだった。

「簡単な話じゃ。

 豊かな土地はより豊かに。災い多き土地は災い少なき土地に。

 それだけじゃの」

 つまり、農作物の出来高なんかが変わってくるという話らしい。

「はい、イナバくん!」

 ふむ、と考えつつ、エルシィは手を上げてアピールする。

「なんじゃ? 質問か? 言うてみい」

「ジズ公国はイナバくんから継承の儀を受けているはずなのに土地が貧しいです」

「それはの、恩恵を受けてあのレベルなんじゃあの島はの」

「あちゃー……」

 そういうことかー。と、エルシィは目をバッテンにして落胆した。

次回は来週の火曜日です

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今ごろになってですが復帰おめでとうございます続きが読めるのが嬉しいです [一言] 土地の神様との契約人間にとってのメリット薄く無い?と思ってたので疑問が解消されてよかったです思ったより恩恵…
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