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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第三章 大国の動向編

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252/473

252混乱のセルテ候

「ハイラス軍だと……?

ここから早馬で半日もしない場所に」

 今しがた去っていった伝令からの報告を反芻し、セルテ候エドゴルはズキズキと痛む頭を抱えて執務机に身を沈める。

 ここセルテ領都主城の侯爵執務室には彼を補佐する侍従もいるが、そのどれもが彼に口出しもせず、それどころかなるべく声をかけられないようにと身を縮めていた。


 そう、最近のエドゴル候は少しおかしいのだ。

 ハイラス伯領への出兵を決めた頃からだろうか。

 なんだかずっとイライラした様子で、時たま良いことを思い付いたと昏い笑みを漏らすのだ。

 その考えを漏れ聞く限りだと素人目にも修正箇所が多々思いつくのだが、それを指摘した侍従はその日のうちに罷免されて領都を追放された。


 こうなるともう誰も進言など出来はしない。

 今、この時の報告についても、いつもならば主を慰めたり相談に乗る侍従たちだが、誰一人として声をかけず戦々恐々としているばかりだった。



 と、そこへ再び執務室の扉を叩く音が鳴る。

 エドゴルの侍従がすぐに確認に行く。

 ところが来室した者は「入れ」とも何とも言う前に扉を開けて押し入って来た。

 エドゴル候も侍従たちも、怪訝そうな顔で入室者たちを眺める。

 その顔触れたるや老騎士、近衛らしい若者、侍女、そして子供、と、一貫性もない。

 いったい何事か、とエドゴルは怒鳴りつけてやろうと苛立ち紛れに立ち上がった。


 が、彼が声を発するより早く、子供のうち豪商の令嬢風の身なりの良い女の子供がずいと前に出た。

 両隣に近衛を控えさせているからには、薄金髪のこの少女が集団の主なのだろう。

 そしてその少女が涼し気な視線をエドゴル候に向けてこう言った。

「初めまして、セルテ候。

 わたくし、今あなたの国から攻められていますハイラス伯領を治めるジズ大公家の娘、エルシィと言います」


 エドゴル候は驚愕に目を見開く。

 つい寸前まで怒鳴りつけてやろうなどと考えていたことはもうすっ飛び、ただただ頭の中が真っ白だった。


 真っ白ながらにも、エドゴル候はなんとか口を動かす。

「エルシィ……いやエルシィ殿、と言ったか。

 新しいハイラス伯、だな?

 なぜここへ?」


 そう問い返すのがやっとで自己の名乗りすらしていないが、そんなことには気づかない。

 またエルシィたちもそんなことは気にも留めず、その問いに答える。


「はい。お忙しいところへ不躾な訪問ですが、そこはご容赦を。

 わたくし、ここへは侯爵陛下にお願いがあって参りましたの」

「お、お願い……だと?」

 たった今、セルテ侯国はハイラスへ攻め入ってるはずだ。

 その進行形のこの時にやって来て要求することなど判り切っている。

 そう、降伏勧告であろう。


 先ほど報告もあった通り、領都近辺まで進軍を許しているという状態であり、また主城も一番奥たる主人の部屋にてナイフを突きつけられているも同然の状況だ。

 仮にサイード将軍たちが両街道を突破していたとしても、キングが追い詰められた状態ではもうチェックメイトなのである。


 そうした考えがグルグルと脳裏を回り、エドゴルの耳にはエルシィの言葉はもう届いていなかった。


 とは言え、エルシィには彼の内心など読めはしないので、そんなエドゴルの態度に少しだけ苦笑いを浮かべて肩をすくめ、自らの要求を口にした。

「セルテ侯国軍の即時撤退。

 この度の(いくさ)でかかった様々な損害についての補償。

 そして賠償を請求をさせていただきます」


 え、それだけ?

 と思ったのはエルシィの側仕え衆とエドゴルの侍従たちだ。

 てっきり、エドゴルの首を求め、最低でも降伏と服従くらいは言うモノだとばかり思っていた。


「エルシィ様、それだけでよろしいので?

 大国セルテ領を併合するまたとないチャンスですぞ」

 少し不満そうに老騎士ホーテンが小声で訊ねる。

 が、エルシィはすぐさま疲れた顔で首を振った。

「ハイラス領でさえまだ手が回ってないのに、この上、セルテ候領なんてとてもとても、ですよ。

 あの村の惨状見ても苦労しかなさそうですし」


 言われ側仕え衆が思い出すのは、水利で揉めていたつい先日の村だ。

 思い出せば誰もが「確かに」としか思えない。

 特にエルシィにほぼ張り付いて護衛の仕事しかしていないアベルとフレヤ以外は、自分の忙しい日々を思い出してエルシィ同様の疲れた顔をした。


 ところが、である。

 そんなエルシィ一行の言葉も様子ももう耳目に入っていないエドゴル候が、この世の終わりという顔で脚をもつれさせ、執務机に手をつくことで転倒を避けた。

「?」

 エルシィはそんなエドゴル候を不思議そうな顔で見やり、彼の返答を少し待つことにした。



 エドゴルは思考の泥に埋まって行った。

 なぜ負けた。

 俺はここで死ぬのか。

 そうした考えが一定の重みで圧し掛かり、そして何か緊張の糸のようなものが、突然切れた。

 するとどうだ、これまでのイライラが嘘のように晴れ、脳裏のどこかにかかっていた黒い霧のようなモノが消し飛んだ。


 エドゴルはハッと顔を上げ、エルシィと、そして怯えて部屋の隅に固まっている自らの侍従たちを順にみる。


 なぜ俺はハイラス領に()()()()


 自問する。

 エルシィがハイラス領を征し、セルテ領に甥でもある旧ハイラス伯が逃げ込んだ時にどうだったか。

 わざわざ攻め込み反攻をくらい領土を失った彼を愚かと心の中であざ笑い、自分はハチの巣をつつくような真似はすまいと思ったのではないか。


 それがなぜ。

 今の状況に至る様々は確かに自分が行った記憶があるが、なぜそんなことになったのか。

「あの、女神か……」


 怒りが沸いた。

 女神を名乗るあの妖かしの術中にまんまとハマったと気づいたからだ。

 あの妖怪と、そして自分に。

 そしてセルテ候は大きく長くため息を吐きながら、脱力して執務椅子に身を預け天井を仰いだ。



「……降伏する」

「はい?」

 具合が悪そうだったセルテ候からの突然の言葉に、エルシィは思わず素で訊き返してしまった。

続きは金曜日です

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― 新着の感想 ―
[一言] このままでは増えた仕事でエルシィが死んでしまう!ちょっとその降伏考え直してくれませんかね?
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