249敵が来た
エルシィたちが見ている中、少し遠く東門をくぐった騎乗警士が疲れた顔で進む。
そしてそのまますれ違う警士や小者らとは挨拶すら交わさずに天守へ消えて行った。
「やはり伝令のようですね」
ヘイナルが小声でそういうと、エルシィも納得と緊張をまぜこぜにした顔で頷く。
頷き、そのまま視線をホーテン卿へと向けた。
ホーテン卿は厳しい表情ながら笑ているようにも見える。
おそらく、作戦前の張りつめた空気を楽しんでいるのだろう。
「よかろう。状況を開始せよ」
伝令と思われるセルテ侯国警士が天守に入って一〇秒と数えたところで、ホーテン卿がそう命を降した。
「了解。状況を開始する」
「状況を開始します」
続けて、それぞれのモニター向こうからの応答があり、言葉通りに状況が動いた。
セルテ侯国領都の北奥に建つ主城は難攻不落である。
領都に住む民も、直接仕える僕たちも皆がそう思っていた。
旧レビア王国が終焉を迎え突入した群雄割拠の戦国時代。
数々の貴族領主がその領土を失い、また一部の貴族が大領主へとなり上がった。
そんな勃興劇がある一〇〇年の中で、「無風」とは言わずとも一度たりとも落とされなかった城。
それがこのセルテ侯国の主城となっているヒナゲシ城である。
赤いヒナゲシの花を印とするセルテ侯爵が鎮座するその城は北側に高い石垣を積み上げ、南側へ向けて人工的な丘陵を築いた上に建っている。
この構造から、よしんば攻められた場合でも主要な決戦場所は南側の大手門となる構想である。
攻め手が守り手の思う通り攻めて来るとは限らない。
そう思う方も多いだろう。
だが、攻め手もまた大軍を持って寄せなければ城というモノは落ちない。
なので、おのずと大軍が集結、行動がしやすい広い場所に来るものなのだ。
そうした大きな象徴的な大手門がある南側は、平時でも重要な通行場所として機能する。
城へ上がる様々な職種の民が手続きをする為の門もまた、この南門だったからだ。
ゆえに、ここ東門はいわば通用門的な役割に回る門であり、要するに暇であった。
「ふあぁ……。側門勤務は相変わらずだな」
「おい、油断しすぎるなよ。上官に見られたら俺の査定にまで響くだろ」
「誰も見ちゃいねーよ。
それより昨晩はサイコロが盛り上がっちまってなぁ」
「まったく……また賭け事か。
もう金は貸さないからな?」
「へいへい」
東門の上部は見張り台にもなっており、そこに二人のセルテ侯国警士が立っていた。
この任務は固定ではなくローテーションで回って来るのだが、この暇さゆえに一部には人気だったし、また一部には不評だった。
ところが、この日の任務に付いた彼らは、幸か不幸か暇を噛みしめることができなくなる。
「おい、なんか人が多くないか?」
あくびを噛みしめていた警士がふと、そんなことを言った。
苦言を呈していた警士もまた、その言葉に門の外を見る。
するとその視線の向こうで、門外にある住宅などの建物の陰からバラバラと人が出てくるではないか。
「なんだ? 今日は何か祭りでもあるって聞いてたか?」
「いや? ……祭り? なんか物々しいな」
よく見れば、その人たちはどれも警士に似た軽鎧を身に着け手に槍を担いでいる。
これが戦時であれば「攻めて来た!」と即座に思うところだが、今は平時。
いや実際には侯国軍が他国に遠征に出ているので戦時ではあるはずだが、それはあくまで馬で一〇日は離れた遠い地の話だ。
だから彼らにはピンとこず、そしてそのことが彼らの不幸となった。
「おい、門が開いてるぞ!?」
「バカな……いったい誰が……」
と、言いかけたところで見張り警士の一人が誰かに殴られ昏倒した。
そして残った警士が最後に見たのは、彼らの背後にいつの間にか現れた、紺ずくめの装束に身を包んだねこ耳の怪しの者であった。
「見張り二名を排除しましたにゃ」
「見事な手際です。では全員、門から入るぞ!」
セルテ侯国警士を難なく排除した忍衆の一人に感心しつつスプレンド卿が後続の二五〇の兵に指示を出す。
「おう!」
兵たちは意気込んで応え、そして空堀を越えて門へ殺到した。
戦時には防衛の要になる堀、門や見張り台も、無人となれば何の障害にもなりはしないのだ。
「おい、あれはどこの隊だ?」
天守東側の警備についていた警士の一人がふとそんなことを言った。
ツーマンセルで行動することになっているため、彼には相棒がいる。
その相棒が彼の言葉に視線をさまよわせ、そしてその言葉の主語を見つけた。
東門から、おおよそ隊というには多すぎる人数の所属不明な武装集団が絶賛侵入中であった。
「いや? あの規模の行動計画など聞いていない。なんだと……!?」
言いかけ、彼は気づいてしまった。
その二五〇名の集団が掲げている旗に。
「『大鳳旗』と『冠盾旗』だと? ちくしょうハイラスが攻めて来てるじゃないか!
サイード将軍は破れたのか!?」
「とにかく応援を……」
と振り返った時に向こうから同僚の警士が駆けて来た。
確かあれは西詰め番の警士だ。
東詰めの警士は嫌な予感に絶句した。
伝令はあくまで侯爵陛下への報告が第一なので、その内容はこの時点で門警などに伝えていません
続きは来週の火曜日でノシ




