246セルテ領城へ侵入するには
さて、話の時系列はエルシィたちがセルテ侯国領都へ着き、ホーテン卿の案内により領城近くの人目の付かない場所へ落ち着いたころに戻る。
「こんなにお城の近くなのに、こんなにたくさんの外国兵がいて何の騒ぎにもならないなんて……」
今しがた元帥杖の権能によって呼び寄せた整列する五〇〇のハイラス領兵を眺め、エルシィは呆れたような感心したような、そんな顔で呟いた。
回りを見ればすぐ側にはセルテ領城の併せて三メートルにもなろうという高い石垣と外壁がそびえたっている。
そのせいでエルシィたちがいるこの場所はすっかり日陰だ。
ホーテン卿によれば、ここは朝のひと時を過ぎれば日中ほとんどが日が当たらないらしい。
ゆえに領都民にも人気がなく、よっぽど金がないとか、何か身を隠したい事情のある者しか住まないという。
もちろん、こんなんにお城の近くだというのに閣僚や官僚すら住まない。
ここはそんな場所なのだ。
「これ、ずっとこの高さでしたっけ?」
ふと、エルシィが首を傾げる。
同意するように神孫双子の弟、アベルもまた首を傾げて思い出そうとする。
「いや、ここに来るまで見た感じでは、ここが一番高いんじゃないか?
前、と言っていいのか、城の正面側はもっと低かった、ように、思う」
おぼろげな印象の記憶を探りながらそう答えると、そのアベルの頭を大きな手がポンポンとなでつけた。
「その通りだ。二人ともよく気づきましたな」
それは長い年月を戦う者として過ごして来た、厳つい手を持つホーテン卿だった。
「なぜそのような歪な構造なのでしょう?」
それを聞き、傍らで油断なく周囲を警戒する近衛少女のフレヤが怪訝そうに眉を寄せる。
「すべて同じ高さに均した方が美しいのでは?」
と、それが彼女の論であった。
五〇〇の兵を並べさせてエルシィの元へやって来たスプレンド卿がその言葉を聞きつけて肩をすくめる。
「そうかもしれないね。
ただ、この城を築いた昔の人は美しさより機能を求めたようだよ」
「機能面?」
「どうやら防衛の兵を正面側に集中させることを考えてこういう構造にしたらしい。
なので、こちらの高い壁側には門どころか勝手口さえない」
「なるほど、こちらは城の防御力に一任して正面決戦にかける。そういう思想ですか」
この説明に最初に理解の言葉を上げたのはヘイナルだった。
彼はエルシィの近衛ではあるが、多少の軍事にも明るかった。
主君を守るためには手段を択ばず、場合によっては戦争を利用することも考えねばならないからだ。
そういう理由もあり、特に防衛思想には興味があった。
だが、彼からしても、セルテ領城のその防衛思想にはいくつかの穴があるように思えてならなかった。
「君の言いたいことはわかるよ」
その意を汲んで、またスプレンド卿が苦笑いを浮かべて続ける。
「だけどこれだけは憶えておいて欲しい。
どんな城も完ぺきではない。
というか、完璧な城など作ることはできない。
何かに特化すれば何かがおろそかになる。
これはなにも城に限ったことじゃない、人の世の理だよ」
……いやこれは老人の小うるさい説教だったかな」
「なるほど……肝に銘じておきます」
最後におどけた様子だったスプレンド卿だが、ヘイナルはじめ若い者たちは素直に聞き入れる様に頷いた。
そんな中、一人だけにぱっとした表情で、エルシィは言った。
「では早速、その穴の一つを利用させてもらいましょう」
「それで、姫様はどうするつもりなのでしょうな?」
ホーテン卿が顎を撫でつけながらたずねる。
その顔は完全に面白がっている風だ。
気にせず、エルシィはこくりと頷き、お側衆から視線を外してその高い壁の下の石垣に目を移した。
誰もいない、と思われたそこに、何人かが平伏していた。
「うわっ」
アベルが思わずビックリして声を上げてしまったが、その平伏する者たちは微動だにしない。
見れば、紺や灰の色の布で全身をぐるぐる巻きにでもしたかのような服装の、大小合わせて五人がそこにいた。
「アオハダさん、いけますか?」
「はっ、この程度であればお任せあれですにゃ」
その怪しの者たちのねこ耳棟梁が、エルシィの言葉に力強く太い声でそう答える。
そう、それは初代アントール忍衆棟梁となった、草原の妖精族ホンモチ老の息子であった。
「ではよろしくお願いします。
急ぎではありませんけど、まぁ見つからないように静かに」
しー、と口元に人差し指を添えてエルシィが言うと、アオハダもまたこくりと頷いて人差し指を立てた。
「拝命いたしましたにゃ。
しばしお待ちくだされにゃ」
そう言って、次の瞬間には五人がパッとその場からバラバラに立ち去った。
一瞬見失ったが、キョロキョロと見回せば、三人が協力して石垣に取り付き、あとの二人は左右別方向へと塀沿いに駆けだしている。
エルシィは満足そうに頷いて側仕え衆の方を振り向いた。
「警戒がないなら、その塀から侵入させていただきましょう。
彼らにかかれば三メートル程度の障壁はないも同然です」
と、その言葉の後に、壁を乗り越えた彼らが、その向こうで少し何者かとやり合う音がした。
音はすぐに治まったが、エルシィのドヤ顔はひきつって見えたという。
「……警戒が薄いとはいえ、誰もいないわけではないでしょうな」
「ア、アオハダさんがやってくれましたので。
け、計画通り、ですよ?」
続きは金曜日です ノシ




