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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第三章 大国の動向編

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244海の者たちの邂逅

 カタロナ沖海戦はハイラス領艦隊の勝利として終結した。

 まぁ、これをハイラス領艦隊の勝利と言っていいのかは判らないが、その勝利において終盤の主戦力となったヒレ族の軍がハイラス側に合力したという態なので、歴史に記されるのはその事実ということになる。


 そうして完敗を認め白旗を掲げたヴィーク男爵国艦隊は、船員を一時捕縛され、戦闘艦から随伴船までもひとまず拿捕されることになる。

 とは言え、ヴィーク艦隊の総数はハイラス艦隊の総数を越えているので一筋縄ではいかない。

 もちろん抵抗するわけではないが、その作業の手が足りなくてなかなか進まないという具合である。

 これには戦力として参加してくれたヒレ族たちも協力を惜しまなかったので、時間さえかければ何とかなりそうではあった。


 こうして終戦後の作業が進む中、ハイラス領艦隊の旗艦では一つのご対面が行われていた。

 そう、ハイラス領艦隊の総司令官である神孫の姉バレッタ嬢と、敗軍の将であるヴィーク男爵陛下ご本人の対面である。


「ぬあっはっは、見ろラグナル、なんと伯国の将はこどもではないか!」

「なによ、あんたもこどもじゃない! あともう伯国じゃないわ!」

 まず交わした言葉はこうであった。


 ヴィーク男爵レイティルの少年侍従長であるラグナルも、またバレッタの侍従よろしく付いている水司幹部も、「すわ、この場で第二戦が始まるのか」と冷や汗をかいた。

 が、ここは男爵陛下がすぐに折れて頭を下げた。


「いや、すまんすまん。

 わらわのように苦労しておるこどもがいると思ったら、なんだか急に親近感がわいてのう」

 これにはバレッタも毒気を抜かれてキョトンとしつつ、少しだけ憮然として鼻息を吐いた。

「まぁいいわ。お互いこどもこども言い合ってもしょうがないものね」

「そうじゃの、こども同士、仲良くやろうではないか」


 場が何とか和やかに落ち付きそうなところでホッとして、ラグナルは深々と腰を折った。

「わが主が失礼いたしました提督殿。

 そして敗将である我が主を、位のある者として遇していただき、ありがとうございます」

「いいわ。あたしはただの方面司令官で、そっちは男爵様だものね」


 そう、バレッタは神に連なる高貴な血筋なれど、人間社会の位の話であれば、彼女は無位なのである。

 ハイラス領においては「鎮守府総督付き司府監督官」とか「特別指導官」とか呼ばれているが、いずれも正式な官位ではない。

 しいて言えば最近就いた「ハイラス領艦隊司令」が、バレッタの肩書だ。


 いずれにしても形式からすると歴とした貴族である男爵の方が上位なのである。


 とは言え、敗戦国の貴顕に何の価値があるのか、という者もいないわけではないので、ラグナルはそのことをも含めて礼を言ったのだった。


 そう、ヴィーク男爵国は敗戦国となった。

 いち海戦での敗北にて敗戦国というのはいささか性急すぎるのではないかと思われるかもしれない。

 が、ヴィーク男爵国は先にも述べているように国土としては最貧国であり、海賊艦隊こそが国の要であった。


 またその艦隊を率いた元首である男爵陛下が負けを認めたのだからもう仕方がない。

 こうして、ヴィーク男爵国は敗戦国となったのだ。


「して、伯国の指令殿。

 この敗戦の責はわらわにある。

 ゆえに、スマンがわらわの首ひとつで治めて欲しいのじゃ」

 と、レイティルは神妙な顔で頭を垂れた。


 これに慌てたのは侍従長のラグナルだ。

 神授の権力を持つ専制国家において、国家元首は絶対の存在である。

 であれば、何を犠牲にしても元首を守るのが当然と言える。


 さらに言えば近くで主の成長を見守って来たラグナルからすれば、愛しく見守る存在でもある。

 その主人が「自分の命で国を救ってくれ」と言っているわけだ。


 自分への相談も何もなく、そう主が決めてしまっている。

 これは一種の保護者として自分を情けなくも思った。

 だが、諦めもまた彼の中に存在した。


 主の愛する国土国民、それらを救うために命を差し出す。

 これはまた貴顕の在り方の一つであるとも思ったからだ。


 だがバレッタは鼻息を吹いて首を振った。

「決めるのはあたしじゃないわ。お姫ちゃんよ。

 それに、あんたの首なんかもらっても、嬉しくないんじゃないかしらね」

「お姫ちゃん、とは噂に聞く『鉄血苛烈の姫君』であるな?

 ふむ、では首を洗いつつお会いできるのを楽しみにするかのう」

「お姫ちゃん、全然そんなじゃないんだけどなぁ……」


 なんだか楽し気なレイティルに、少々頭痛を覚える気がしたバレッタであった。


 と、そこへハイラス領艦隊旗艦で働く船員の一人が駆け寄って来て、バレッタの従者のごとく付いていた水司幹部の男に耳打ちした。

 幹部の男は「ふむ」と一拍置き、それからバレッタに正式な報告をする態で身体を向ける。

「報告します。

 今しがた、ヒレ族の国の女王陛下であるネプティーナ様いらっしゃったとのこと。

 バレッタ様に挨拶を、との申し出です」

「あ、来たのねネプ子。

 でも来たって、船の上に上がれるのかしら?

 アタシが海面に降りた方がいい?」

 なんだか気楽な呼び方に困惑しつつ、幹部の男は答える。

「は、それには及ばぬようです。

 許しがあればすぐこちらにいらっしゃるとのこと」

「そうなの?

 なら呼んでいいわ」


 ネプ子……ヒレ族の国の女王ネプティーナは人魚である。

 上半身こそ人と同じ姿だが、下半身は大魚のそれだ。

 どうやって船に上がって来るのだろう、という疑問に首を傾げつつ、バレッタは伝令の背を見送った。


 果たして、しばらくの時間を挟んでやってきた人魚は、キャスターの付いた大きな真珠貝の殻に載せられ、それを船員に押される形でやって来た。

「ごきげんようバレッタさん。それに海賊の統領さん」

「ぶふー、ちょ、なによそれ!」

「ふふふ、面白いでしょ?」

 思わず吹き出すバレッタに、「やったウケた」とでも言いそうな顔でニコリとする女王であった。


 そしてもう一人お声がかりのあったヴィーク男爵レイティルは、挨拶を返すより先に思わず声を上げていた。

「またこどもではないか!」


 そう、ヒレ族の国の女王ネプティーナは、海草のように黒い艶やかな長い髪をなびかせた、美しい子供の人魚であった。

たびたび言っておりますが、男爵などに付く尊称が「陛下」なのは、それぞれの爵位持ちがそれぞれの国において元首だからです


続きは来週の火曜日に

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