240撃沈と撃ち止め
「総員、船縁から海を見ろ!」
「イエス・サー!」
ハイラス領艦隊の甲板上にて、バレッタの代わり指揮を執る水司幹部が叫び、それに水司職員並びに雇われの船員たちも真剣な面持ちで答えた。
当然ながら、答えただけではなく行動も素早い。
彼らは絶対に必要な仕事以外を放り出して指示通り船縁まで駆け足で寄り、出来る限りの身を乗り出して海を眺める。
その視線の先は航跡を残しながら海面下を走りゆく、トルペードである。
「いいか、バレッタ様のトルペードを見逃すなよ!」
続いた指揮官からの声に返事をすることすら忘れ、各員は海面を凝視する。
そして彼らの追う航跡はしばらくと経たずに敵艦隊の先頭艦へと辿り着いた。
一発目、不発。
そして続いて到達した二発目によって、ヴィーク男爵国の先頭艦である二番艦の右舷に水柱が上がった。
「やったか!」
「おお!」
見守っていた船員たちから歓声が上がる。
だが、応援のために見ていた訳ではない。
水司幹部はまた声を張り上げた。
「誰か気づいた者はいるか!?」
「は、推測ですが、おそらく間違いありません。
海賊どもの先頭艦は……」
「まて!」
一人の目の良い船員が駆け寄って、彼の気づきを報告しようとした。
が、そこで水司幹部はその言を止める。
「?」
船員が怪訝そうな表情で首を傾げたところで、水司幹部はすぐにその指を海面に漂っている白イルカに向けた。
「バレッタ様に直接報告せよ。
言葉を中継している余裕はないぞ!」
「はっ!」
船員はビッと敬礼を挙げてから駆け足で白イルカに乗るバレッタに一番近い船縁へと駆け寄った。
「また一発が不発? でも二発目は効いた? なんでよもー」
海面でたゆたうバレッタがジタバタしながら叫ぶ。
一番最初のトルペードが不発。
その後のおーぷん・ざ・ふぁいやぁ《全砲門開け》は有効。
また次のトルペードが不発。
そしてその後のトルペードが有効。
彼女にはその法則性が全くわからなかった。
「えーと、なに? 交互に不発になったりするわけ?」
などと頓珍漢な思考に陥りそうになった時、彼女のすぐ近くにいたハイラス領艦隊旗艦より声が降って来た。
それは旗艦に乗る船員からのメッセージだった。
船員は言った。
トルペードが不発に終わった原因は敵艦の装甲にあると。
ただトルペードを防ぐほどとなればそうとう稀有なものであり、その装甲を持つ艦は前に突出してい三隻であろうと。
またその盾艦でさえ、その特殊装甲は全周囲を覆っているわけではないのだろうと。
なるほど、理解の出来る話だとバレッタは納得した。
納得した上で、次の考えで迷いを生じた。
では次弾でどれを狙えばいいのかと。
こんなことは普段であれば迷わなかっただろうが、ここまですでに失敗がいくつか重なっている。
もちろんこれは防いだ相手側があっぱれであったのだが、それでもこれまでほぼ無敵だったバレッタにしてみれば異常事態だ。
僅か八歳児にとって異常事態を冷静に捌けというのが無理だろう。
ゆえに、バレッタは幾らか憔悴と焦りをまぜこぜにした顔で船員に問いかけた。
「じゃぁ、次はどれを狙ったらいいの?」
まさか問われるなどと思っていなかった船員は一瞬呆気にとられ、そして一瞬考え、次の瞬間に答えを返した。
「後ろを! 盾艦と思われる船の後ろにいるどれかを撃ってください。
隠れていた以上、そっちにはトルペードをかわす装甲は無いと思われます」
この言葉にぱぁと明るい笑顔を戻したバレッタは、自信ありげに頷いてから、最後のトルペードを解き放った。
これは船員と会話を聞いていた他の者たちの期待通り、敵三番艦の横を通って後ろの艦を水柱と共に一隻沈めた。
ハイラス領艦隊にまた歓声が上がった。
「だけど、まだヴィーク艦隊の方が多いんですよね。
さてどうしたものか」
歓声の中、実質艦隊司令として動いている水司幹部の男がそう呟く。
ハイラス領艦隊は無傷で戦闘艦三隻。
そしてバレッタの御業で三隻を沈められたヴィーク男爵国艦隊はまだ戦闘艦四隻を残している。
まだ、数で負けているのだ。
戦いにおいて数は力だ。
一騎当千の戦力というのも存在するが、今この海域でそれに該当したバレッタは、すでにその戦力を全弾消費して失ってしまった。
となれば、結局はまた振出しに戻り数の戦いとなる。
「この戦い、敗けますか……?」
水司幹部は苦々しい顔で呟いた。
続きは来週火曜日になります




