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024徒然なる姫様

 大公館を出て騎士府グランドよりさらに向こうへ行くと立派で頑丈そうな門が見えてきた。

 ここから二層へと降りることが出来るのだ。

 近づいたところでキャリナが先行して門番をしている警士と言葉をやり取りする。

 その後、帳面を渡されてスラスラと何か書きつけてから返した。

「どの階層でも出入りの際に必ず記名するようになっているのです」

 後ろを歩いていた近衛士のフレヤが得意げにそう話してくれた。

 エルシィは知らなかったが、基本的に城にいる人ならだれでも知っていることなので、なぜフレヤがここまで得意げなのかわからなかった。

 が、そこは大人の対応で「そうですか。教えてくれてありがとう」と軽く礼を言う。

 狸顔の少女は、ホワっと華やかな笑顔を見せて頷いた。

 キャリナが戻る頃には警士が門を開けてくれたので三人でここをくぐる。

 すると門の先は壁で囲まれた四角い場所で、その先にまた門があった。

「なぜまた門が!?」

 門を出たらまた門だったなんて、何の嫌がらせだろう。

 と、疑問符の浮かんだ表情でフレヤを振り返ったが、彼女は素知らぬ顔であらぬ方へと視線を向けた。

 門を開けてくれた警士の一人がクスクスと笑って教えてくれる。

「城に攻め上られた時、ここで足止めして敵を削るのですよ。ほらあそこから弓を射かけて」

 と、警士殿が指差した方を見れば、この空間を囲う壁の所々に小窓があった。

 なるほど、攻め上がった者に対する嫌がらせでしたか。

 と、エルシィはひとしきり感心し、礼を言って先の門をくぐった。

 すると今度こそ二層が見えた。

 門の向こうには一層をグルっと囲う水堀があり、門から二層の地に向けて橋が架かっている。

 まぁこれも、有事には落としたり上げたりするのだろう。

 などと空想しながら進めば、すぐに合同庁舎にたどり着いた。

 二階建てだが前後左右に広い、郊外型ショッピングセンターの様な建物だ。

 ここにも当然入り口には警士がいる。

 また同じように記帳のやり取りをしてから庁舎へと入り、しばしグルグルと歩き回ってやっと指定された会議所へたどり着いた。

 運動を日課にする前のエルシィであれば、ここまでの道のりでもう倒れたかもしれない。

 ともかく、まだ誰もいない会議所へ入って、キャリナが案内する席へと座った。

「……キャリナはどこが誰の席か知っていたのですか?」

 あまりにスムースな案内だったので、エルシィは疑問に思って訊ねる。

 が、キャリナは困惑気味に首を傾げて問いに答えた。

「エルシィ様が大公家の姫である以上、最も上位の座に着くと決まっているではありませんか」

 言われて見れば、エルシィの座った場所は会議所の中でも一段高く、誰からも見られるような奥まった位置にあった。

 肩をすくめて席を確認する。

 椅子は綿を詰めた上等なビロードの座面に、細やかな彫刻が散りばめられた高い背もたれがある。

 また席に設えられた机は、身の詰まった木材で作られた重厚なものだ。

 この一組でもかなりお値打ちなモノだろう。

 ところが見回せば、他の席はここより一段も二段も下がる質のモノばかりだった。

 なるほど、確かにここが上座であることは明らかだ。

 と、エルシィは椅子に深々と背を預けて頷いた。

 そんなやり取りをしているうちに、紙の束を抱えたオーケがやって来た。

「これでよろしいでしょうか」

 そう言ってエルシィの着いている席へと紙束を下ろす。

「ええ、ご苦労様です」

 返事をして早速紙束を捲ってみる。

 とりあえず、席について何も言われなかったところを見ると、座る場所は間違っていなかったようだ、と、ホッともした。

 さて、資料である。

 まず一枚目に工事の名称や簡単な図と説明文があった。

 これはどうやら工事の計画表だろう。

 エルシィは普段から日本語を使っているつもりだが、現実にはこの国の言葉は日本語ではない別の言語だ。

 ただ女神さまのご加護か何かのおかげか、自動翻訳されているような状態である。

 ゆえにエルシィが読める文字は、元々のオリジナルエルシィが勉強していた範囲と、この一ヶ月で身に着けた範囲だけである。

 専門外の土木工事となると特殊な用語も多く、半分くらいは読み解くことが出来なかった。

 そもそも文字が判ったとしても地名が判らないので、どうやら道路普請のようだ。という程度の理解度だ。

「ふむー」

 だが、解かった風で頷いて捲ってみる。

 その次に来るのは、今回の様な定期会合の議事録だった。

 これはそれほど難しくなかった。

 工期に対して遅れや進みがあるか。

 問題は発生していないか。

 従事する警士や工夫(こうふ)の様子はどうか、などである。

 斜め読みで目を通しても、別段、大きな問題は発生していない様だった。

「まぁ、何かあればすでにカスペル殿下が対応されているでしょう」

 一緒に見ていたキャリナの言葉に、「それはそうだよね」とエルシィも納得した。

 もっと捲れば他の工事の計画表や会合の議事録がある。

 これの繰り返しで数件の工事についての書類があるのだった。

「予算に関する書類は無いのですか?」

 一通り目を通し、エルシィはオーケを見上げる。

 文字で埋まった書類よりは、数字で埋まった書類の方が理解できるだろう、とその程度のつもりである。

 なにせ数字は一〇数種類の文字が判ればほぼ万全なのだ。

「は、直ちにお持ちします」

 オーケは慌てて会議所を飛び出した。

「難しい書類を読み解けるなんて、さすが姫様は可愛くも賢くいらっしゃいます」

 机の斜め前で護衛に専念している風だったフレヤは喜ばし気にそう感心していた。

 なんか、さっきと同じ誉め言葉だね。

 とエルシィはフレヤのボキャブラリィの貧困さを少しだけ気にしながら、もう一度工事の計画表へと目を落とした。

 しばらくするとオーケが予算関連の書類を持ってくる。

 続けてそれらに目を通し、終わる頃には時間になったようで、築司の担当官や工事担当の警士班長、工夫の親方と言った連中が数人ずつがやって来た。

 和気藹々とし入室したところで、彼らはギョッとエルシィに向けて目を見張った。

「こ、これは姫様。お早いお越しで……。失礼しました」

 役人や警士がまず我に返って跪くと、戸惑いながらも親方たちも後に続く。

 小声で「おい、殿下はどうしたんだ?」などと話しているのも聞こえた。

 エルシィはそのわずかな声を拾って、言葉に出さず口を尖らせる。

 殿下て。わたくしも一応姫殿下ですが?

 と、エルシィは他愛もないツッコみを心に秘めた。

 まぁ、言ってもしょうがない。

 親方たちは役人たちとは違って純然なる庶民であり、エルシィの顔を始めて見たのだから知らないのも当たり前だ。

「なぜこんなに戸惑われているのでしょう?」

 そもそも、とエルシィはあまりの過剰反応に首を傾げ、側に控えるキャリナに囁く。

 キャリナはすぐエルシィへ口を寄せて答えた。

「普通、上位の貴人は最後にお越しになるものです。なのにもうエルシィ様がいらっしゃるものだから驚いているのでしょう」

「なーる」

 納得気に頷いて、エルシィは頭を下げる役人たちに下知を出す。

「ヨルディス陛下が海外へ赴かれると決まったため、わたくし、エルシィがカスペル殿下の代わりを務めることになりました。いつも通り、会合を始めてくださいまし」

「ははぁ」

 見慣れぬ姫殿下に恐縮しつつも、会合は始まった。

 始まってしまえば早いもので、それぞれの工事責任者からの事故や進捗に関する報告がなされ、一時間強もすれば会合は終わりとなった。

「それでは我らは失礼いたします」

 終わり、席を立ったそれぞれの担当者が、次々と挨拶をして退出して行こうとする。

 そこでまたエルシィが口を開いた。

「そこの警士さん、これからあなたの担当している現場を視察します」

「ええ! ……はは、仰せのままに」

 一瞬、素で驚き声をあげたが、そこは厳しく教育されている軍人らしく、彼はすぐ持ち直して腰を折った。

 その現場にかかわる者たちは慌て出し、そしてその現場以外の者たちはホッと胸をなでおろした。

 そしてそれ以外にも慌てた者たちがいる。

 エルシィの側仕えたちだ。

「姫様、外へ向かわれるのでしたら、すぐヘイナルと馬車を呼びます。少々お待ちを」

 フレヤが小走りに会議所のドアを出て、しばらくしてから戻ってくる。

 控えていた申次役の小者に伝言を頼んだのだろう。

 慌てて準備に掛かる周囲とは裏腹に、仕事にかこつけてようやく城外へ出ることが叶うと、エルシィはご満悦の様子だった。

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