236海上の戦い
セルテ侯国寸止めで海賊戦をちょっと挟みます
さて、エルシィたちが無事にセルテ領都に着いたこともあるので、ここで別の要衝の様子に目を向けてみたいと思う。
それは海上の様子だ。
「はぁ、退屈ねぇお姫ちゃんにはなんだか上手いこと言いくるめられたけど、ホントにくるのかしら?」
時はエルシィが一行を引き連れてカタロナ街道を出発してから数日経った頃。
場所はカタロナ街道から見て西の沖。
街道上のスプレンド将軍が豆粒ほどですらないくらいに小さくしか見えない。
そんな場所に、エルシィの最側近の一人であり最初の家臣、神孫双子の姉、バレッタがハイラス領艦隊を率いて海上にたゆたっていた。
艦隊、と言ってもまともな戦闘艦は三隻で、後は人員や物資を輸送している大小の船が十隻ほど従っている程度である。
さらには「戦闘艦」とは言うが、それだって別に大砲を積んでいるわけではない。
突撃用の衝角を取り付けた頑丈な船、というだけである。
しかも武装員は警士ですらない。
彼らは水司に所属する職員であり、港で募った有志諸君である。
とは言え、海賊も出るこの海においては、水司職員であれそれなりの荒くれでないと務まらない。
ゆえに、兵ではなくとも腕っぷしには自信がある者たちには違いなかった。
「将たる者、あまりだらしない姿を見せるものではありませんよ。バレッタ様」
と、船のヘリでだるーんとなっているバレッタにそう苦言を呈して来るのは、水司においても港の関連事業でそこそこ権限を持つ職員だ。
判り易く言えば課長クラスの幹部であり、この艦隊ではバレッタに次ぐ指揮官である。
正直に言ってしまえば、実質の艦隊提督と言ってもいいだろう。
バレッタはふぅ、と小さくため息をついて、その後にシャキーンと立ち上がった。
「わかったわ。あたし、この艦隊の将だものね。
どーんと構えておくわ!」
通りかかった甲板掃除の船員もこれには苦笑いを浮かべつつ、幾らかの微笑ましさを覚えるのだった。
そんなやり取りをしている、まさにちょうどその時であった。
帆柱の上部にある見張り台から、見張り当番の水司職員がスルスルと降りて来た。
「報告します。水平線に船影あり。衝角の形状から戦闘艦と思われます」
「来たわね!」
それを聞き、バレッタは俄然張り切った。
「それで、数は?」
「はっ、戦闘艦七隻に随伴船が二十隻が確認されました」
「いつもにない数ね! み・な・ぎっ・て・きたわー!」
バレッタは太陽もかくやという満面の笑みを浮かべて叫びをあげる。
そして先ほど苦言を持ってきた水司課長提督に指示を出す。
「戦闘の準備をお願い。私はアイツらが射程に入り次第……撃つわ!」
「承知しました。こちらのことは万事お任せください」
水司の彼はそう恭しく腰を折って承諾した。
彼にとってみれば、そもそも船の運用においては素人であるバレッタにあれこれ指示されなくてホッとしているところでもあった。
「男爵閣下、前方に船影! ハイラスの連中でさぁ」
「ばかもん、海では親方よぶのじゃ!」
「がってん親分!」
ちょうどバレッタの船において交わされたのに似たような報告が、反対側の船団でも交わされていた。
親分、と呼ばれたのは誰がどっからどう見ても幼女である。
ともすればエルシィよりもちっこいその幼女は、ところどころ破れた三角帽に襟の高いブカブカのコートを身に着けた、古式ゆかしいいかにもな海賊船長だった。
だが、幼女だ。
彼女はこの海の北にあるグリテン半島よりもさらに北に浮かぶ島国、ヴィーク男爵国を治める男爵閣下その人であった。
だが、ヴィーク男爵国は寒い北の地だけあり農作物は蕎麦ばかりの最貧国だった。
そこで彼らが生きるために起こした事業、それが海賊業である。
しばらく前にセルテ侯国から来た商人より「最近、ジズ公国とハイラス伯国間の貿易が盛んになった」と聞いて南下してみれば、確かに大変儲かった。
ただ、そこで彼らを脅かす不思議な怪物も現れた。
それは海中をものすごいスピードで進み、船の喫水線下にぶつかって爆発するという、なんとも理解しがたい怪物なのだ。
これをくらうと、良くて航行不能、悪ければ一発で沈没だ。
また、運の悪いことに、この怪物と会った時に限って、その後にハイラスの役人どもがやって来て手下を捕縛されたりするのだ。
しかも最近では人魚どもまでがハイラスどもの手下に成り下がり、彼女の仕事を邪魔すると来ては、さすがにそろそろ堪忍袋も限界であった。
ゆえの、決戦構想であり、その為の戦闘艦七隻という艦隊出撃であった。
「ふむー、今日こそはあやつらにぎゃふんと言わせるのじゃ。
良いな」
「承知してまさぁ、男爵閣下」
「海では親分と呼ばんか」
「がってん親分!」
そして、セルテ侯国領都から離れた海上にて、また一つの戦いが始まるのだった。
七夕ですけど、うちの作品、そういうの関係ないんで
続きは来週の火曜日です




