233違法奴隷
エルシィが側近衆を引き連れて今後の打ち合わせと雑談を織り交ぜながら村内を移動していると、もう少しで馬車にたどり着くという辺りで一人の兵が駆け足で寄って来た。
当然、エルシィ旗下の兵なわけだが、彼は一瞬だけ迷ってから、サッとスプレンド将軍に耳打ちする。
その様子にエルシィが足を止めたので必然として一行の歩みもそこでストップし、何事か伝えられた事柄を、スプレンド卿が報告して来るのを待った。
果たして、スプレンド卿は珍しく渋い顔で眉間に寄ったシワを揉み解しながら大きなため息をついた。
「エルシィ様。違法奴隷が発見されました」
「いほう……どれい、でしたか」
聞きなれぬ言葉に首を傾げながら、エルシィは復唱した。
奴隷とはなんであるか。
これはその制度を採用していた社会によってさまざまな解釈があるが、だいたい共通するのが「奴隷は財産である」ということだろう。
つまりは、人間でありながらその者は本人のモノではなく、他人の所有物だということになる。
イメージからとても悲惨な生活を送る様を思い浮かべる人もいるだろうが、社会や所有者によっては大きな自由や裁量も与えられている場合も多い。
ただし、もちろんイメージ通りに過酷な生活を余儀なくされているパターンもまた、数多く存在する。
我らの世界においては、西暦一九四八年に国際的な取り決めで全面禁止されている。
「……奴隷の扱いはどうなってましたか?」
十秒ほど時間を使ってやっとその言葉と知識が直結したエルシィは、自分を挟むように歩いているヘイナル、そしてキャリナに向けて問いを発した。
この二人はこの世界において、「エルシィが元々この世界の者ではない」ということを知る唯二の存在である。
ゆえに、彼らに問うことで、まったくゼロの人間に判るよう説明してくれ、と求めたわけだ。
このことを察してすぐに答えたのはヘイナルだった。
元々良いとこのお嬢で、勤めもずっと城内だったキャリナには疎い世情であり、まだ軍務の一端に触れるため、治安を少し学んでいるヘイナルの方が知っていたからだ。
「我がジズ公国……というか近隣の旧レビア王国勢ではほぼ禁止されているはずです。
そもそも民は王の財物であり、それ以外の所有物ではないからです」
と、こうヘイナルは答えた。
なるほど、王の財産ではあるのね……。と、エルシィは少し冷えた気持ちでその答えを受け止め、その上で少し首を振って心を落ち着けた。
我らの住む自由主義的世界では「何人たりとも個人の自由を侵すべからず」が常識として刷り込まれているが、この封建主義的な世界では民が為政者のモノである考えこそ常識であった。
国民には自由に海外へ移住する権利はないのである。
これは何もこの世界に限らず、我らの世界でも一〇〇年もさかのぼれば常識だった考え方だし、今でも自由主義を標榜としない国ではまかり通る考えである。
とはいえ、その為政者が必ずしも民を虐げるわけではないので、「どちらの方が優れた社会システムである」という話ではない。
この辺りは、単に時世の問題だろう。
さて、あだしことはさておき。
禁止奴隷である。
言い換えれば違法奴隷という訳だ。
では合法奴隷があるのか?
と一瞬、疑問に思ったが、これの答えはさっきのヘイナルの言葉が内包しているともいえる。
つまり、民衆は王の奴隷である。
と言い換えることができるからだ。
ともかく、エルシィもまたヘイナル同様に大きなため息をつく。
「もう、次から次へと……」
ついそんな愚痴を出してしまうが、内乱騒ぎに違法奴隷と、たまたま寄っただけの村にしては問題が連続するので頭がグルグルして来る。
これは確率的に考えると、セルテ侯国では割と常態化してしまっているのではないかとさえ勘ぐってしまう。
「姫様、どっちにしろ我らが裁く筋合いはございませんぞ」
「そうですね。これもセルテ候に押し付けましょう」
ホーテン卿がそのように述べたので、その言に乗って答えたエルシィだったが、卿は何か面白そうなにやり顔を浮かべるだけだった。
「ですがエルシィ様?」
と、ここで口を出して来たのはフレヤだった。
彼女はエルシィの側近ではあるが、基本的には近衛である。
その分を越えることは通常であれば許されないので、こうした進言はしないものではある。
が、そこはそれ、エルシィの側近衆はいつでもエルシィに意見具申して良い、と許可されているのだった。
そういうこともあり、エルシィは即座に振り向いて、フレヤの言葉が続くのを待つ。
「私たちがここを去れば、村人たちは奴隷を隠す……場合によっては証拠隠滅を図るのではないでしょうか」
先にも述べた通り、奴隷は財物である。
ゆえに、所有者はそれを自由にして良い、と思いがちだ。
所有が罪である、と認められれば、おそらくその奴隷を所有している村人か、村全体かはわからないが、罪人として裁かれることになるだろう。
であれば、その証拠を隠滅してしまえばよい。
ここで言えば、その奴隷を殺して埋めてしまえばすっとぼけるのも可能である。
いや、エルシィたちが発見してしまっているので可能かどうかは微妙ではあるが、それでも考えの浅い者であればそうしてもおかしくない。
そういう話なのだ。
怖い考えになってしまった。
と、エルシィは涙が出るのをこらえつつ、考えを口にする。
「しかたありません。
緊急避難措置で、その奴隷をわたくしたちで一時預かりましょう」
「連れて行くのか?
何人いるか知らないけど、馬車にはもう乗れないぞ」
現在、近衛でありながら馬車の御者も務めているアベルが苦言を呈する。
奴隷を連れて行くにしても、馬車に乗れず、馬にも乗せられないなら徒歩でついてこさせるしかない。
そうなると、当然、一行の脚は遅くなるだろう。
「む、そうですね……」
そういう問題もあるなぁ、とエルシィはちょっと考え込み、そして顔を上げる。
「とりあえず、その奴隷に一度会いましょうか。
何人いるのですか?」
下知を待っていた報告に来た兵が答える。
「は、父母、そして子供の三人であります。
ただ……」
そこまでで兵は少し言いよどんだ。
そのあからさまな感じに、エルシィは首を傾げた。
結局、実際に合った方が早いということになり、その奴隷が押し込められていた粗末な小屋に進んだ。
なぜ押し込められていたかと言えば、騒乱の中で逃げてしまわないように、ということだったらしい。
ともかく、エルシィはその奴隷親子に対面する。
そして口と目を大きく開けてしばしモノも言えず、ただ彼らを眺めた。
普通の人間より少し小柄なその親子の頭には、尖った獣の耳。
詳しく言えば犬のような耳が生えていたのだ。
「山の妖精族……」
同様に獣の、猫の耳を持つ侍女見習いカエデが、少し嫌そうにそう呟いた。
ちなみに現在、旧レビア王国文化圏には「王」がいないので、全人民の所有者はいない状態です
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