227義を見てせざるは
その光景を見て、一行はしばしポカーンとした。
しかる後にエルシィは恐る恐ると一行の皆に振り向き訊ねる。
「え、これ何が起こってるのです?」
しかし、その問いに答えられる者などここにはいない。
街道を越えてここまでの旅は順調だった。
本当に今は戦時中なのか? と、疑問に思うほど順調であった。
ただ、これについては攻め込んでいる側と攻められている側の違いもあるだろう。
セルテ侯国はあくまで軍を送り込んでいる側なので、国内が平穏であるのは当然と言えば当然だった。
そこへ来て、前方の村で発生している集団戦闘行為はいったい何なのか。
誰もがそれぞれの危機感に従って警戒を強めつつも、困惑を隠せないでいる。
「これは……盗賊? 山賊? でしょうか……」
護衛兼先導役を受け持っていたヘイナルが馬を回して馬車、もう少し言えば主君であるエルシィの近くに寄って自分の見解を述べる。
その言葉を受け、エルシィの頭越しから顔を出す形となっている侍女頭のキャリナが首を傾げた。
「野盗の類にしては、普通の格好過ぎませんか?」
言われ、会話に耳を傾けていた一行は改めて村に目を向ける。
村を襲う武装集団。
村側も応戦しており、住宅密集地の外縁に築いた丸太の策越しに侵攻を防いでいるような状況だ。
よくよく見れば、どちらも装備に大した違いはない。
攻守どちらの人員も、ほとんどが農具や天秤棒を武器としており、ちらほらと槍持ちがいるくらいだ。
この槍も、適当にその辺の木を削ってきたような粗末な柄に、年代物の刃を取り付けた程度の物である。
鎧を着ている者など、もちろんいない。
「どう見ても村人って感じだな」
アベルが呆れたようにそう呟いた。
「とはいえ、盗賊山賊がいかにもな服装でいるとは限らんぞ。
奴らにも生活があるゆえ、普段は村人であり山賊でもあるなどという者もいる」
「そうなんですか?」
いかにも物知り風に言うホーテン卿だったが、エルシィからそのように訊き返されて少し困ったように口を尖らせた。
「もっとも、俺も野盗など見たことありませんから、伝聞ですがの」
「そうなんですか!?」
言葉面としては同じ質問であったが、その中身はガラリと違う。
後の方は特に、ホーテン卿がそうした暴徒に相対したことがないということへの驚きだった。
ホーテン卿はジズ公国で長く騎士府に勤めた武人である。
騎士、警士と言った彼らは平時において普請などにも勤めるが、基本的には国内の治安維持に従事する警察組織の様なものである。
であるならば、当然、盗賊山賊などの捕り物も経験しているだろうと、エルシィは勝手に想像していたのだ。
ところが、「会ったことがない」とホーテン卿は言うのだ。
まぁ、これにはお国柄という風土が関係して来る。
そもそも、ジズ公国には野盗という者がいなかったのだ。
「なぜジズ公国には野盗がいないのでしょう?」
エルシィはコテンと首を傾げて皆に問う。
が、これに答えられる者も、やはりいなかった。
困って、皆が「盗賊に会ったことがない」発言の発信者へと期待の視線を寄せる。
ホーテン卿は少し考えてから難しそうな顔で答えた。
「これはあくまで俺の見解なのですが……
ジズ公国は島国ゆえに、凶悪犯罪を犯す者は少ないのではないかと推察します」
「ほほう?」
エルシィは興味深げに話の続きを促した。
エルシィの中身、上島丈二もまた、世界的にも治安が良いと言われる島国出身なので、この話には関心しかない。
「つまりですな。
狭い島国故、国内にいる以上は山狩りでもすればすぐ捕まるでしょう。
国外に逃げ出そうと思えば船を使うしかない。
船に乗ったとしても、大陸側に着くまでは無防備になるし、第一遭難の恐れもある。
そうしたリスクと犯罪によって得る財を天秤にかけた時、割に合わないと思うのではないかと」
「つまり、大陸だと逃げる気になればすぐ国外へ行けてしまうから、リスクが低い。ということですか。
なるほど、理にかなっているような気がします」
ホーテン卿の言に、ヘイナルも腕を組んで頷いた。
エルシィもまた、心当たりある話で納得気に頷いた。
昔、日本国内もいくつかの国、藩に分かれていた時代。
博徒や無宿人と言った官憲に追われる類の者たちは、追手が来たらすぐに他国へ逃げられるようにと、国境の村や街で活動したという話である。
取り締まり単位が国、藩である以上、他国へ逃れてしまえば追手はやって来れないわけである。
もっとも、これは共同の多国籍機関を組織してしまえば取締りが可能となる。
それでも、それが生まれるまでは好き放題できてしまうという寸法だ。
エルシィも「なるほどです……」と深く納得に沈み、そののちにハッと顔を上げた。
「おっと、今は悠長にしている場合じゃありませんね!」
と、のたまい、また村を見る。
戦力は均衡しているのか、あまり進展はない。
だが、確実に怪我人は増えているようにも見える。
「とはいったものの、どうしたらいいんでしょう」
焦る気持ちはあるが、かといって何をするのが良いのかわからない。
そんな状況だ。
そもそもここは他国他領である。
エルシィたちはその場所に今のところお忍びでこっそりやってきた状況なので、人助けにしろ取締りにしろ、やってしまっていいのかも判断が難しいところだ。
「エルシィ様、悪は撃つべきです。
困っている人を見て助けないのは、それ自体が罪です」
エルシィの迷いと、皆もまた判断できずエルシィの指示を待つ中、フレヤが鼻息荒くそう言った。
「義を見てせざるは勇無きなり、ですか。
……判りました。あの村を助けましょう」
エルシィはフレヤの言葉で吹っ切れた様に頷き、両手をぎゅっと握って顔を上げる。
皆が思うところある顔だが、何も言わずに頭を垂れた。
「は、仰せのままに」
ただ、ねこ耳侍女見習いカエデだけは、その思いを誰にも聞こえないくらいの小声でつぶやいた。
「なーんか、違う様な気がするにゃ……」
続きは金曜更新です




