226ヘイナルの能力
杖の能力について実験が終わった後は、せっかく呼びつけたスプレンド卿も交えてしばし今後のことを話し合う。
ただこれについてはすでに話して合いたことと、実験成功の為に実現可能となった選択肢の再確認となる。
「ではエルシィ様がセルテ侯国領都入ったら私どもを呼んでいただくということでよろしいですね」
「五〇〇人が光の環をくぐり終える間、見つからずに済むような場所を確保する必要があるな。……まぁ心当たりはある」
「はい、委細その通りでよろしくお願いしますスプレンド卿。良い場所探しはホーテン卿にお任せしますね」
「は、承りましたエルシィ様」
「うむ、任された」
エルシィの家臣中、二大巨頭ともいえる両名から良い顔でそう返され、エルシィもまたニッコリと顔を見合わせてその日の会合は終了した。
次の日からは続けてセルテ侯国内を馬車の旅である。
天気の方は崩れる心配をしなくて良さそうだが、代わりに日差しがそれなりに強い。
人も馬もたびたび水分補給などを挟む必要があった。
これに関しては後述するが、最終的に一行の先導係となるヘイナルが大いに役立つこととなった。
「アベル、馬車を止めなさい。もしくは馬を少し右に寄せなさい」
その昼頃、順調に街道を進んでいた中でヘイナルが唐突にそんなことを言った。
馬車の御者を務めているのはアベルであり、その手綱さばきも今のところ特に申し分ない働きであった。
が、このいきなりの指示に対応できるほど、アベルは熟練していなかった。
「は? ……おわ!」
困惑顔でそのまま馬車を進ませたところで、ガクン、と大きな衝撃が馬車に伝わり、アベルと車内にいた女性陣は大きく椅子からズレ落ちかけた。
「な、何事ですか!?」
びっくりして馬車の窓から顔を出したエルシィが訊ね、その直後にキャリナに引き戻される。
「エルシィ様。そういう問いは近くの侍女にお伝えください。そうしたら私どもが訊ねますから」
「直接の方が早いですよ」
「万が一、襲撃者などであった場合に危険があるでしょう」
「……なるほど。承知しました」
またぞろ「貴顕が直接問いただすなど……」と叱られるかと思ったが、言われればなるほど、といいう感心を持って頷くしかなかった。
改めて、キャリナが窓から外を歩く騎馬上の護衛者たちに問う。
「それで、何があったのですか?」
馬車は先ほどの衝撃から止まったままだが、護衛たちは素早く状況を確認するために動いていて、原因はすぐに分かった。
「ああ、心配ない。道に大きめの窪みがあったようだ。
水が溜まって草が茂っており判らなかったのであろう」
「なるほど……」
窓からのぞいたキャリナがその茂った草を見る。
その顔の下からエルシィ、そして上からはねこ耳メイドのカエデが覗き込み、三人は外から見るとトーテムポールのように重なって頷いた。
街道は蒼々とした芝のような草に覆われ、その中でよく見れば茂っているな、という感じの場所に、馬車の車輪が少しだけ埋まるように落ちていた。
「アベル、気を付けてください」
キャリナが少し眉を寄せて苦言を呈すると、アベルも憮然とした表情で「面目ない」と小さく頭を下げた。
が、エルシィはそんなキャリナをたしなめる様に手を差し出す。
「待ってくださいキャリナ。これはさすがに判りませんよ。
それよりこれを判別したヘイナルの目を褒めるべきです」
「……確かに、そうですわね。
アベル、さっきの言葉は取り消します。申し訳ありませんでした」
「あ、いや、いい。オレももっと気を付ける」
そうしたやり取りを微笑ましく見守り、エルシィは改めてヘイナルに顔を向ける。
「よく判りましたねヘイナル。ハナマルをあげましょう!」
「……そうですね。確かに、なんで判ったのでしょう」
褒められ、改めて見ると、自分でもよく判ったなこれ。という感想が漏れ出た。
それほどに目立たない窪みだった。
と、エルシィが首を傾げながらヘイナルと窪みを交互に見て、ふと気づいた。
「あ、ヘイナル。目が光ってませんか?」
「え?」
言われても本人では鏡でも見ないと分からない。
代わりにエルシィの言葉を聞いた他の者たちが一斉にヘイナルの顔を見た。
確かに、ヘイナルの灰色の瞳がわずかに青みを帯びた光を湛えていた。
「これはもしかして……」
エルシィは急ぎ、元帥杖を振るって虚空モニターを出現させる。
『マップが未登録の地域です』との表示と共に真っ黒な画面をちょいちょいと操作し、モニターにてヘイナルの情報ページを確認する。
するとそこには次の文字が点滅していた。
「ヘイナル [衛士] >> 覚醒スキル:華麗なる誘導」
つまりこれは彼が覚醒スキルを使用中ということなのだろう。
エルシィがそのことを周りに告げると、みな感心気に頷きつつも、ちょっと微妙な表情だった。
「他のお歴々と比べると、地味ですね」
言うてはならんことをフレヤが言う。
ただ、ヘイナルも同じことを思っていたのだろう、無言で苦笑いを浮かべるだけだった。
エルシィは大きくぶんぶんと首を振って、フレヤを戒める。
「いえいえ、地味? とんでもない。
これはとってもお役立ちスキルですよ!」
エルシィの言う通り、この後の旅程はヘイナルのスキルのおかげで大いに助かることになった。
なにせ、道程に潜む危険個所やちょっとした難所が一目で判り、天候、風向きなども予測でき、さらには水場を一発で言い当てることも可能だったのだ。
おかげで人馬の疲れも最低限に抑えられ、一行の進みは迅速快調に進み、予定していた一〇日より短い六日という日程でセルテ侯国領都のおよそ一〇キロ手前まで到達したのである。
ただ、ここまで順調だった旅にも暗雲が見えて来た。
実際の雨雲、ということではなく、問題はその日に宿を求めるつもりだった前方の村にあった。
その村は、現在、未知の武装集団相手に防戦を繰り広げているところだった。
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