225実験成功と問題点
「というかエルシィ。
それ、向こうから見たら『夕闇に浮かぶ子供の生首』に見えてるんじゃない?」
ひとしきり怯えるエイブ警士を虚空モニター状態で「どうしたんですかー」と追い回した後、アベルの指摘でハッとなる。
「なるほど、だからあんなに怖がってたのですねぇ」
感心気に頷くエルシィだったが、どこか白々しく見えるのは側仕え衆の共通見解だった。
「脅かさないでくださいよエルシィ様」
正気に戻ったエイブ警士は胸をなでおろしながらそう言ってから、恭しく膝をつく。
正直、さっき追い回されたおかげでエルシィに対する敬意というモノはかなり薄れてしまったが、それでも直臣としての礼である。
というか、いち領を差配する領主格のエルシィと、いち警士ではそもそも天と地ほどの身分差であるが、まぁそこはエルシィが子供であるし偉ぶったところがないので、親しみの方が強いところもある。
ともかく、エイブは畏まってエルシィが映り込む虚空のモニターに向かって礼を示した。
示しつつ、幾らか疑問顔を浮かべてちょっと顔を上げた。
「私の名前を憶えておいでなのですか?」
この疑問は傍らで様子を見ている側近衆も同様に抱いている。
エイブはエルシィから家臣登録をされているとはいえ、先ほども言ったとおりたかがいち警士である。
側近でもないし、特別な能力を見止められて引き立てられたわけではなく、「全兵士家臣化計画」の一端で採用されたに過ぎない。
彼と同じ境遇の武官や文官は他にもたくさんいる。
最低でも、このカタロナ街道に今、五〇〇人はいるのだ。
そんな、家臣化の可否を問うために一度面接した程度の人間の名を、エルシィはこともなく呼んだため、皆が首を傾げたのだ。
「何かおかしかったです?」
そんな皆の疑問に、エルシィもまた首を傾げる。
「その、エイブ殿は何か特別な能力や技能を持っておられるのですか?」
相手が何者かまだ分からない、と言った様子で、ヘイナルが慎重に言葉を選びつつ訊ねる。
エイブとしても、自分としては何者でもないと思っているので、格上である近衛士の態度に恐縮しきりであった。
まだ何を訊ねられているかわからないエルシィは、キョトンとした顔で指先をあごに載せて考える風に虚空を眺めた。
「えーと、エイブさんは警士の任について八年の中堅さんです。
まだ隊長にはなってませんが、真面目な勤務ぶりが評価されていて、そろそろ推薦されるのではないかともっぱら評判なんですよ」
つまり、問題ある隊士ではないが、特段とびぬけた人物ではないということだ。
エイブは自分でもそのことがわかっているので、エルシィが自分のことをちゃんと認識しているのだな、と少々感動を覚えるのだった。
「その、エルシィ様は家臣全てのことをそうして憶えてらっしゃるのですか?」
驚愕、という風の表情を浮かべ、フレヤがワナワナとしながら訊ねると、エルシィはことも無さげにこっくりと頷くのだった。
そんな一幕を挟みつつ、エルシィはエイブ警士に申し付けてスプレンド将軍を呼び出した。
虚空モニターのままスプレンド将軍の天幕まで行っても良かったが、エイブの驚きぶりを見て、これはいけないと思ったのだ。
そうしてやって来たスプレンド卿は虚空に浮かぶエルシィの顔を見て恭しく膝をつく。
「お昼ぶりですエルシィ様。
夕闇に浮かぶあなたもまた美しい」
「ありがとうございます将軍。
それはそれとして実験にお付き合いくださいね」
「承知しました」
いつものように言葉を交わしてから、いよいよ本題である。
スプレンド卿はエルシィが元帥杖を振るって大きくした虚空モニターをゲート代わりにしてくぐり、一瞬にしてセルテ侯国領内のエルシィたちが宿泊する部屋へと踏み入れたのだった。
「つまりですね」
エルシィが側近衆とスプレンド卿を前にして口を開く。
「元帥杖の権能で好き放題できるのは、ジズ公国、ハイラス領、アンドール山脈、と言った自軍領と言える地域内に限られます。
ですが、その外からでも限定的に利用が可能ということが判った訳です」
自軍領内ならば虚空モニターを使ってどこでも見ることができるし、そうして見られる範囲であれば自分が瞬間移動することもできるし、家臣を移動させることもできる。
もちろん呼び寄せることもできる。
これが他領のこととなると『マップが未登録の地域です』とだけ表示され、真っ黒な画面になってしまう。
ところがだ。
エルシィがたとえ他領にいても、自領と家臣のことは見ることができるのだ。
そうなればおのずと「呼び寄せ機能」も使えるのではないか、というのがこの度の実験だった。
実験は成功である。
こうなれば、おそらくエルシィが今すぐ自領に戻ることも可能だろう。
ただ戻ったが最後、他領が映せない虚空モニターでは戻って来られないと思われるが。
「これは……便利ですね」
唖然としてキャリナが呟く。
とにかく行先にエルシィさえ辿り着いてしまえば、家臣を呼び放題なのだ。
素人考えにしても、これでは敵国へ軍を侵入させ放題だろう。
「もちろん欠点もあるがの」
ホーテン卿が難しい表情であごを撫でる。
数人は頷くが、フレヤや侍女衆はピンとこないようで首を傾げた。
ホーテン卿は彼女らの為にその判り切った欠点を口にした。
「エルシィ様が真っ先に目的地へと行く必要があるということだ。
本来であれば後方で見ていて欲しいところであるがな」
皆が一斉にエルシィへと目を向ける。
未だ八歳。
病弱であったため、その身体はまだ六歳児程度の成長ぶりである。
この制約は言葉以上に重いものだ、と一同は固唾を飲んだ。
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