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022母と子の夕食

 その日の夕食はエルシィの母上、ヨルディス陛下も同席した。

「カスペル、エルシィ、最近の修練はどうですか?」

 家族のだんらんとも言える食事の席で、ヨルディス陛下は子供たちの近況に話題を馳せる。

 カスペル殿下には十代らしい反抗期は無いようで、いかにも嬉しそうな笑顔を浮かべて答えた。

「はい、自分では順調に上達していると思っています。ホーテン卿にも筋は悪くないと褒められました」

「それは褒めているのです?」

 得意そうな顔で貴公子然とした少年がふんすと鼻を鳴らすので、エルシィは少し可笑しくなって、そう口を挟む。

 言われ、カスペル殿下はちょっとだけ気まずそうに肩をすくめた。

「エルシィには甘々だからなホーテン卿は。

 男相手には厳しいのだよ。なかなか『よろしい』などとは言ってくれない」

 そんな兄殿下の言葉にエルシィは少し()の騎士について思い浮かべた。

 ホーテン卿は騎士府の長で、六十歳を超える老騎士だ。

 そのくせ白髪交じりと言う以外はまだまだ壮年然とした風体の偉丈夫である。

 以前、エルシィの近衛士である少女剣士フレヤの剣を素手で捌いたのを見たが、凄腕であることは間違いないだろう。

 ただエルシィにしてみれば優しい小父さまと言った雰囲気しか見せない。

 最近ではエルシィが準備運動代わりに太極拳を始めると、それに付き合ったりもするので、ますます暢気に見えるのである。

 まぁ言われて見れば離れたところで若手騎士へ指導している声は厳しそうではある。

 ただ離れたところでしか見ないので、その厳しさに実感はなかった。

「ふふ、ホーテン卿もエルシィに嫌われない様に、わざわざ遠くでしているのでしょうね」

 と、そんな話にヨルディス陛下は、微笑まし気に笑って頷いた。

「エルシィの『タイキョクケン』と言ったかしら。あれは面白いものだ、とホーテン卿が話していましたよ」

 一通りニコニコした後に、ヨルディス陛下が思い出したようにそう言う。

 そんな言葉にエルシィはきょとんとした表情で首を傾げた。

 何が面白いのだろう。

「エルシィのようにゆっくりであればいかにも準備体操だけれど、その実、歩法や体裁きは剣や槍の修練にも通じるものがある、と」

 ほうほう、とエルシィは感心して頷いた。

「あれは元々武術なのです。ですからホーテン卿の言うことも間違いではないのでしょう」

 と、得意げに知識を軽く披露して、そしてハッとした。

 見回せばヨルディス陛下もカスペル兄殿下も、ポカンとした顔でカトラリーを持つ手を止めていた。

「エルシィはいつどこでその様な武術を、誰に習ったのかしら」

 不思議そうに、それでいて少し不安そうな顔のヨルディス陛下だった。

 小さな我が娘は最近でこそ元気だが、元々は身体も弱くほとんどベッドで過ごすような娘だったはずだ。

 そんな娘が誰かから、ホーテン卿ですら知らない武術を習ったとしたら、不審者の侵入や大公家への接近接触を捜査せねばならない。

 返答によっては警備体制の見直しも必要だろう。

 そんな雰囲気を感じ取って、エルシィは慌てて考えた。

「め、女神さまから教えをいただいたのです」

 考え口に出た答えがこれだ。

 さすがに現在エルシィの中身の人である丈二について明かしたり、別の世界の話をしてもそもそも信じられないだろうし、むしろ気狂いを疑われる可能性も高い。

 ゆえにそんなオカルティックな返答になってしまった。

 まぁ、実際に自分をここへ送り込んだ自称女神はいることだし、お山に住むという何と言ったか焔の神様も信じられている世界なので、これで何とか通用して欲しい。

 そう言う気持ちで祈りながら様子を伺えば、カスペル殿下は納得気に何度も頷いていた。

「なるほど、エルシィが急に元気になったと思ったら、女神様から『タイキョクケン』とやらを伝授され、隠れて運動してたのだね。これは納得だ」

 そう言えばカスペル殿下には前に「丈夫になったね」と言われて「女神さまのご加護なのです」と答えたことがあった。

 これに自ら辻褄合わせをしてくれたようだ。

「つまり女神流の武術と言うことか。それは確かに面白そうだ」

 さらにはそんなことを呟きながら思案顔である。

 もしかすると兄殿下もホーテン卿同様に、太極拳を修練に導入するよう検討しているのかもしれない。

「その女神様は何というお名前なのかしら?」

 そんな子供たちにホッとしたヨルディス陛下は、ふとそんな問いを口にした。

 身体の弱い娘がご加護をいただいた御柱様ならば、お礼も兼ねて祠の一つでも建てて祀らねばなるまい、と言う気持ちからの言葉だ。

 だが聞かれた当のエルシィはしばし考えてから首を振るしかなかった。

「さぁ、何とおっしゃるか、お聞きしていませんでした」

「まぁ、暢気な事」

 ヨルディス陛下はまた微笑ましそうに笑うのだった。


 しばし食事と歓談で過ごし、食事が終わるとそれぞれが席を立つ前にヨルディス陛下から呼び止められた。

 カスペル殿下と共に席に留まると、それぞれの侍従侍女たちからお茶が給される。

 お茶、と言っているがこれはハーブティーの類であり、エルシィがこの世界に来てからはまだお茶の木から取れる種類のものは口にしていない。

 その類はまだ発見されていないのか、それともこの国にないだけなのか。

 そんな他愛もないことを考えながらお茶に口をつけて、ヨルディス陛下が話を始めるのを待った。

「実は、ハイラス伯国の伯爵陛下が、冥泉へと向かわれたと連絡が入りました」

 つまり、お亡くなりになられた、と言うことだ。

 それを聞き、カスペル殿下は「ああ」と神妙な顔つきを出し、エルシィは人差し指で自分の顎をつついた。

 ハイラス伯国ってどこ。伯爵なのに陛下?

 と、疑問符しきりだった。

 この一ヶ月、エルシィはクレタ先生や侍女のキャリナから、この世界の常識についていろいろ学んだ。

 とはいえたかが一ヶ月だ。

 丈二の学生時分の頃を思い出せば、学校の授業がたかだか一ヶ月でどれほど進むだろうか。と言う話である。

 歴史にしてもまだ縄文時代や弥生時代を勉強しているような時期だろう。

 国内の事はいくらか勉強したし、国の成り立ちも大まかには学んだが、海外の事はまだまだ先の予定だった。

「ハイラス伯国は海を挟んだ隣国だね。

 大陸の南西部に突き出した四角い半島を領土とした、私たちのジズリオ島から一番近い外国だ」

 エルシィの様子に気づき、カスペル殿下がすぐにそう教えてくれた。

 ほうほう、とエルシィは頷き、頭に地図を思い浮かべる。

 そもそも大陸と、我らがジズ公国のあるジズリオ島の位置関係もおぼろげなので、脳内の地図もペイントソフトの図形ツールでポンポンと判を押したような、いい加減な白地図だった。

 つまり、ジズリオ島から海を挟んで東に大陸があり、島から真東に進めば大陸に当たるのだが、その大陸の南西部、島から見れば南東部に半島があるため、そこが一番近いという状況のようだ。

 まぁその隣国とジズ公国がどんな関係なのかはわからないが、隣の国主が亡くなったならば、何らかのアクションを起こす必要があるのだろう。

 などとエルシィが考えていると、ヨルディス陛下は小さく頷いて口を開いた。

「ハイラス伯国も私たちのジズ公国同様に、旧レビア王国の落とし子です。であるからこそ、彼の国の式典には長兄たるジズ公国が参加する必要があります」

 へぇ、必要があるんだ。

 参加しようとか、参加したいでなく、参加しなければいけない、という強い言葉だ。

 これには、またカスペル殿下が注釈を入れてくれた。

「旧王家の血を引き、旧王国の正式な後継者として金璽を得ている私たちの国は、旧王国の流れのままにある他の国々からすれば上位国と言う建前なんだ。

 本当に今では建前でしかないんだけどね」

 つまり、未だ地域支配の根拠を旧レビア王国の爵位に求めている国にとっては、旧レビア王国の権威が形だけでも必要と言うことのようだ。

 ハイラス伯国は元々旧レビア王国の伯爵であり、それを根拠に伯爵領を治め、その権威を三〇〇年経った今でも変えずにいるということだろう。

「とはいえ、彼の国が今居座っているノルシズ半島は、元々ジズ大公家の領土に一つで、すでに旧伯爵領は他に奪われているんだけどね」

 そう結んで、カスペル殿下は肩をすくめた。

 え、そうすると大公家の仇敵ではないか。

 その国にノコノコ出掛けるの?

 危なくない?

「そうは言っても旧レビア王国からの独立勢が争っていたのは、もう二〇〇年以上前の事だよ。

 今では過去は過去として国交を結んでいるし、こうして旧体制の権威を認め合っているんだ」

 だから旧レビア王国からの独立勢であるハイラス伯国は国主が亡くなれば葬儀に参加を求めてくるし、新たな伯爵の任命の為に、形ばかりだが大公からの承認が必要になる。

 ははぁ、日本の天皇陛下やヨーロッパの基督教法王猊下みたいなものか。

 とエルシィは納得して深く頷いた。

「ともかく、そういう訳で私はハイラス伯国へ向かわねばなりません」

 エルシィの浅学を埋める解説が大まかに終わったことを見止め、ヨルディス陛下がそう切り出した。

 続けて言う。

「葬儀と新伯爵の承認式で、短くともひと月は戻れません。

 ですので、我が子であるあなたたちには、その間に私の代理を務めていただきます」

 つまり、エルシィにお仕事が発生する、と言うことである。

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