218エルシィの出征…出発
女性陣とヘイナルの合議によって出立の衣装が決まったエルシィは、キャリナとグーニー、そしてねこ耳侍女見習いカエデの手によって簡素な沐浴と着替えを済ました。
「朝、身体拭いたばかりなのに、沐浴必要でした?」
「これから領外へ赴くのでしょう?
でしたら毎日ここへ戻って来られるわけではないのですし、その日その日にお湯が使えるとは限りませんから」
エルシィの疑問にはグーニーがそう静かに答えた。
聞いて、エルシィはポンと手を叩く。
そう、領内なら一瞬で行き来できるため、そもそも荷物の支度も宿泊の心配も必要ないのだ。
だが、これから赴くのは元帥杖の力が限定的となる領外。
ひとたび出れば、権能にて戻る、ということが出来なくなる。
当たり前のことだが、なれてしまうと人間忘れてしまうモノだなぁ、とエルシィは妙に感心した。
そうして支度が済んだら出発である。
館を出れば、早々と馬車を設えて戻って来たホーテン卿が待っていた。
「おお姫様。なかなか凛々しい出立ちですな」
褒められると満更でも無いようにエルシィはくるりと回って見せる。
長くも広がった造りのスカートが、遠心力でふわりと舞った。
さて、ここでヘイナルが選んだ今日のエルシィ様の装いを少し紹介しておこう。
基本はワンピースのドレスではある。
が、よく見られるフワリやわらかいデザインではなく、軍装を思わせる直線的で重厚な造りと、そこにミスマッチなフリルをあしらっている。
色合いと言えば、深い緑に黄を足したオリーブ色を基調とした、全体的にダークなカラーリング。
そう、端的に言ってしまえば、いわゆる「軍ロリ」と言われるジャンルのファッションであった。
何着かの衣装の中から選んだのはヘイナルだが、そもそもこれを用意したのはグーニー嬢である。
何を隠そう、エルシィの衣装についてデザインをプロデュースしているのはほぼ彼女なのだ。
グーニーは仕事中のエルシィとはほとんど関わることがないが、部屋にいる時は比較的多い時間を共に過ごしている。
たいていはエルシィの部屋や生活に関する様々なモノを整えながら、ということになるが、そのかたわらにグーニーはエルシィから様々な情報を引き出していた。
何の情報かと言えば、もちろんそれはグーニーの職域にかかわる、ファッションや生活文化に関する情報である。
もちろんグーニーはエルシィの中身が異世界人であるなど知っていない。
が、エルシィが様々な書から様々な地域の風俗に関して知り得ている、という認識をしているので、そうした知識を求めての事だった。
当然、エルシィの中身は元々男性なので、女性のファッションについて多くを知るわけではない。
それでもその中からヒントを得てこうした服などを設えていくのが、彼女の楽しみであった。
ただ、齟齬があるとすれば、エルシィはただ世間話として情報を提供しているだけだが、グーニーはそれがエルシィの好みだと思っている。
というところであるが。
とはいえ、この軍ロリスタイルはキャリナやフレヤが好んで着せようとするドレスの類に比べればかなり実用寄りのデザインなので、エルシィも気に入ったようだった。
そうしていよいよ出発である。
エルシィとキャリナ、カエデが馬車に乗り込み、その馬車の周りをホーテン卿、ヘイナル、フレヤが騎乗して護衛として付く。
アベルは御者だ。
こういう布陣を整えると、エルシィは貴人用にしては少し装飾を抑えた感じの馬車の中で元帥杖を振るった。
「『ピクトゥーラ(画像表示)』」
杖からキラキラとした粒子が舞い、そして向かい合う同乗者たちの真ん中あたりに虚空モニターが現れる。
続けてエルシィはちょいちょいと画面を操作して地図を出し、そしてまた元帥杖を振るった。
「せーの、『とんでけー』」
馬車は伯爵館の玄関前から、光となって霧散した。
白イルカのホワイティの背に乗って海に出たバレッタ嬢は、カタロナ街道が目視でわかるギリギリの沖合まで行くと、昨日と同じように両手を広げて高らかに叫んだ。
「|おーぷん・ざ・ふぁいやぁ《全砲門開け》!」
瞬間、見る者の視界が赤白い光に覆われ、耳に爆音が襲う。
それでも目を凝らしてみれば何が起こっているかが朧気に見えて来る。
先だけを尖らせたような人間ほどの大きさの筒状物体が数本、光の中に現れ、その尻先から煙を吐き出しながら墳進してゆく。
その速度は全速で駆ける馬をもってしても到底追いつけるものではない。
そして、その筒状物体。ここで仮にミサイルと呼んでおこう。
このミサイルが数本、カタロナ街道を塞ぐようにかかっていた大量の土砂を襲った。
ここでまた大きな爆音が巻き起こり、同時に粉塵と土柱が立った。
大量の土砂が爆発によって舞い上がったのだ。
これらはそのまま四方へと飛び散り、街道を塞いでいた土砂は瞬く間に消え失せた。
いや、正確に言えば散らばっただけなので、無くなった訳ではない。
見れば砕石舗装された街道は荒れ果てたように土を被り、ところどころに岩石が落ちているありさまだ。
それでも、先の土砂で塞がった状態からすれば、充分通行が可能な状態になったと言えるだろう。
「やったわね!」
「きゅー」
バレッタはホワイティと握手を交わすように手とヒレを合わせ、カタロナ街道開通を無邪気に喜んだ。
「二度見ても凄まじいなこれは」
着弾地点から充分離れた場所でひきつった笑いを浮かべるスプレンド卿がそう呟いた。
半拘束状態で街道普及に従事させられているセルテ兵には、強がりの笑いを浮かべる余裕もない。
ただ、あの炸裂に巻き込まれず生き残ったことを感謝するのみである。
この二回目の砲撃により、土砂の向こう側にまだ残っていたセルテ兵のうち、犠牲者がまた出たが初日に比べればそれは微々たるものであった。
それでもあまりの光景に多くの者が足を竦めてしまい、そのまま降伏することになった。
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