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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第三章 大国の動向編

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216報告待ちのセルテ候

おっさんばかりで申し訳ない

 カタロナ、ナバロ両街道で最初の激突があってからおよそ一〇日が過ぎた。

 これはセルテ候エドゴルがはぐれ山の民(アンドラン)、クヌギから速報を受けてからさらに数日となる。

 クヌギからは「ナバラ街道にて両軍が遭遇した」という報告を受けたが、その後の続報はとんと来なくなった。


 エドゴル自身は負けたなど露とも思っていない。

 そもそも数からしてこちらの方が多いのだ。

 だからだろう、遭遇の話を聞いてから苛立ちはスッと消えていた。

 ただ、初戦に「勝った」という報告が待ち遠しかった。

「何をしておるのだ、まったく。

 やはり下賤の里者など、当てにならんな」

 エドゴルはソワソワという風に、度々そう呟いた。


 主君の苛立ちが無くなったおかげで政務の報告や相談などにやって来る司府長や官僚たちはホッとした様子でいつもの仕事を続けることが出来る。

 ともかく、そんな具合で数日が過ぎ、ついには例の激突からおおよそ一〇日が過ぎたわけである。


「ふむ……国境付近に到達した時点で報告伝令を出していれば、そろそろ来る頃だな」

 その日のエドゴルは、朝からいつもに増してソワソワしており、上がって来る政務など全く頭に入ってこない状態であった。

 こうなれば下官の者たちもしめたもので、いつもなら簡単には通らないような決裁書類を持ってくるようになった。

 まぁ、あまり酷いモノだとさすがに気づかれ叱咤されるので、そこを見極めギリギリの線を攻めるのが腕の見せ所である。


 そうして、ちょっと予算オーバー気味の献策や、優先度は低いが担当者的には早く進めて欲しいという案件に決済の判を押し続けること数時間。

 そろそろ昼も近いと言う頃にその報はやって来た。

 それは明らかに武官であったため、やってくる文官の脚はパタと止まった。

 良い報告にせよ悪い報告にせよ、ボーナスタイムは終了になるだろうという判断の元に、である。

 この辺の引き際を見極めるのも、エリート文官の能力と言えよう。


「報告します」

「うむ、どうなった?」

 さて、その報告である。

 その者は一目で軍部のいずれかと判る略式の軽鎧を身に着けているので、おそらく領都か城の守備についている隊の小隊長以上だろうと思われる。

 伝令の言葉を引き継いできたのだろう。

 エドゴルは兵の口から出ると思われる、初戦勝利の報にワクワクと期待した。


「城下街よりおよそ一〇キロほど離れた場所に、所属不明の武装集団が現れました。

 その数、五〇〇は越えるかと……」

「なんだと!?」


 快晴の空に突然稲妻が閃いたかの如き、思いもしなかった衝撃の報告である。

 エドゴルはしばし思考がすっ飛び、視点が宙を行ったり来たりした。

「所属不明、というからには我が侯国の兵ではあるまい。

 いや、まさかこのタイミングでどこぞの将が反乱を起こしたのではあるまいな」


 セルテ侯国は広い。

 ゆえにいくつかの国境要衝に五〇〇前後の兵を常駐させて、それぞれに将を置き警戒に当たらせている。

 まぁここ一〇〇年以上はロクに衝突も無いのであるが、ゆえに閑職と思う者も少なからずいた。

 そうした者が愚かにも不満を爆発させたとして不思議はない。


「いずれの将か、急ぎ確認をせよ」

「それが……」

 すっかり反乱だろうと決めてかかったセルテ候に、報告の兵は言い辛そうな顔だ。

 エドゴルはこれに気付いて、眉をひそめる。

「なんだ、まさかどこぞの野盗が結託したというのではあるまいな?」

「いえ、その……我々としても確定情報ではないので憶測にしかならないのですが」

「ええい、いいから言え。なんだというのか」

 数日ぶりにエドゴルのイライラが爆発した。

 報告者は仕方ない、という顔でおずおずと自らが物見から受けた報告を口にした。


「所属不明の武装集団が掲げているのが、『大鳳の旗』と『盾と冠の旗』なのです」

 エドゴルはまた頭が真っ白になったように停止した。

 この意味することを、エドゴルが理解するのに数秒を要したのだ。

「『大鳳の旗』と『盾と冠の旗』だと!?

 ジズ大公家とハイラス伯家の旗ではないか……」

 それの意味するところとは、すなわち武装集団の正体は国内に攻め入った外国の兵ということになる。


 エドゴルをして「そんなまさか」と思うくらいだ。

 報告兵が確認できるまで黙っていようと思ったとしても無理はない。

 そう、まさかだ。

 たった今、ジズ公国領となった旧ハイラス伯国へ攻め入っているつもりが、逆に攻め入られているというのだ。

 これをまさかと言わずなんと言おう。


「ええい、たかが五〇〇だ。

 城門を閉めて守りを固めよ」

「野戦で討ち取らずによろしいですか?」

「この領都を守る兵も五〇〇程度であろうが。地の利があるとはいえ、同数対決では万が一もある。

 守りつつ、各国境の将へ伝令を出せ」

「はっ、承知しました」


 報告の兵を送り出し、エドゴルは頭の痛い思いをしながら丈夫な執務椅子に身を投げる。

 ハイラス領とセルテ侯国を繋ぐ両街道はセルテ侯国から出立した討征軍が進んでいるはずである。

 ナバラ街道では接敵があったと聞いたが、接敵であれば五〇〇もの兵がその脇をすり抜けるなど出来ようもはずがない。

 そもそも、ハイラスの守備軍の方が討征軍より少ない予想であったはずだ。

 そう考えればこの五〇〇という集団はあり得ない。


 そうぐるぐるとした思考にとらわれているところに、また執務室の扉からノックが響いた。

 エドゴルの侍従がすぐに確認に行く。

 ところが来室した者は「入れ」とも何とも言う前に扉を開けて押し入って来た。


 礼儀を知らん奴がいるな。

 などと思いつつも、非常時であればやむなし、とエドゴルはため息をついて来室者の報告を聞こうと身を乗り出した。


 まず侍従を押しのけるように最初に入って来たのは老騎士だった。

 いや、老とは言うが、背丈も大きく、鍛え抜かれた身体に衰えも見えない。

 せいぜい髪に白いものが多く混じっていることや、顔に刻まれたシワから「年老いているな」と思う程度である。


 騎士府の者か。

 まぁ、元気のよい若い騎士は出征しているしな。

 とエドゴルは小さく頷いた。


 ところがだ。

 その老騎士に続いてどこか裕福な商家の子供という風な小さな少女が入って来た。

 薄金色の髪がなかなか美しい。

 余程親から可愛がられて、身支度を繕われているのだろう。と思わせた。

 女児は少し年長かと思われる男子もつれている。

 こちらは少し日に焼けた肌にカムロ髪という風体で、短剣を佩いている。


 そしてさらにはその後ろから護衛、いやこれはもう近衛府の者らしい女剣士や、あと侍女だねこ耳のメイドなどがぞろぞろとやって来た。

 ここに至ると、エドゴルもその侍従たちも困惑しかない。

 いったい何が起こっているのか。


 そしてその薄金色の髪の少女が両隣りに護衛を控えさせつつずいと前に出た。

「初めまして、セルテ候。

 わたくし、今あなたの国から攻められていますハイラス伯領を治めるジズ大公家の娘、エルシィと言います」


 エドゴルは今日何度目かになる驚愕の表情を浮かべた。

エルシィ一行がどのようにここまで来たかについては、次回巻き戻ってお話ししようかと


次回は来週火曜日です

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