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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第三章 大国の動向編

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214女神の憂い

 それは、大陸のとある山岳の奥にある人の知らぬ神殿。

 まだ幼き神々の手によって荘厳な旋律が幾重にも奏でられるその神殿が誰のものであるかと言えば、運命の女神としてかつて権勢を誇ったアルディスタの居である。

 かつて、というのは、現世において神々はその存在自体を人々に忘れられつつあるからだ。

 いや、厳密に言えばまだ彼らの名を知る者は多い。

 だが、それでもそれはあくまで神話の姿を書物などで知る、という意味であり、彼ら御柱たちを厚く信じ奉るには至らない。


 ゆえに、この神殿の存在も現世の人々の中に知る者はいなかった。

 かつては己に厳しい制約を課す修験者が訪れることもあったのだが。


 さて、その神殿の奥の間にて優雅に書物をめくる白いブーケを被った女性がいる。

 彼女こそはこの神殿の主祭神である女神アルディスタだ。

 手にした書物は「予言の書(プロぺティア)」と呼ばれる彼女の神器である。

 その書には、すでに起こった様々な歴史と、これから起こる可能性の高い予言が自動的に記されていく。


 アルディスタは憂い顔で書を閉じ、大きなため息をつきながら机に置いた。

「やはり、世界の未来は暗いままね。

 早く何とかしないと……」

 そう、呟いたところで、彼女の元に一人の少年神がやって来た。

 彼は女神の脇侍の中では主席の人物である。


「アルディスタ様が気にかけておられる戦争がはじまりました」

 女神はパッと顔を明るくして少年神にキラキラとした目を向ける。

「やっと始まったのね。世界を救う戦いが」

「それが……」

 少年神の報告をいかにも楽しみな様子で待っている女神に対し、彼は気まずそうに眼を背けながら言いよどんだ。

 アルディスタは、その段階でもう察してしまった。

「……いいわ。詳しく話してちょうだい」

「は、では……」

 少年神は、ナバラ街道とカタロナ街道で起こった、セルテ侯国とハイラス領の戦いについて、詳細を述べ始めた。



「そう……」

 死亡者数は二〇〇に満たない程度。

 総数二〇〇〇を越える同士の激突で、たった一割の損耗で終結してしまったと。

 まぁ、ナバラ街道の方はまだ硬直状態で継続と言えるが、ここで互いの損耗が大きくあるとは思えない。


 そうした一切を聞いて、アルディスタはテーブルに肘をつき、その上に頭を載せるようにして盛大なため息をついた。

「アルディスタ様。そうため息ばかりでは気鬱の病にかかります」

 少年神は心配そうに言うが、そう言われても気が重いのはどうしようもない。

 女神は自らの神殿の天井を仰いで呟いた。

「どうして、あの救世主ちゃんは私の思うように動いてくれないのかしらね。

 せっかく異世界から呼んで大きな力を与えたっていうのに」

「お言葉ですが、お与えになったのはディタノヴィア様では?」

「まぁ……そうね。私も何か権能を与えた方がいいのかしら」


 人のあずかり知らぬ天上の世界で、神々は今日も憂いに頭を悩ませるのだった。



「では俺は姫様の直掩となる部隊を用意してまいります。

 なに、すでに編成は終わっておりますからお待たせはしません」

 ハイラス主城の総督執務室にて、騎士を総括するホーテン卿がドンと胸を叩いた。

 いかにも楽しそうなその様子に、エルシィはちょっと申し訳なさそうにそろそろと手を挙げる。

「それなんですけど、ちょっと待っていただけますか?」

「なんですかな?」

 君主の様子にホーテン卿はスッと顔を真面目に戻して控える。

 好き放題やっているように見えるホーテン卿とて、主君あっての身分であると弁えているのだ。

 もっとも、彼であればその腕っぷしだけで充分に世渡り可能なのであるが。


 さて、エルシィもまた姿勢を正して執務室内を見回した。

「わたくし、ちょっと試したいことがありますので、ひとまずここにいるメンバーだけで出発したいと思うのです」

「は? ここにいる?」

 ホーテン卿だけではなく、部屋の中にいる皆が困惑気に動きを止めた。

 ここにいるのは側仕え衆の中でも居残り組である。

 具体的に言えば近衛や侍女、将格ではホーテン卿。

 そしてライネリオはじめとした文官たちだ。


 ライネリオはニコニコ顔を浮かべたまま首を傾げるようにエルシィへと顔を向けた。

「もちろん、我ら文官は除いての事ですね?」

「え、ええ、もちろんですとも」

 しまった、言葉を間違えた。という雰囲気を醸し出しながらもエルシィは大きく頷く。

 すると、耳を傾けていた官僚たちはいっせいにホッと息をついた。


「何を試されるのですか?」

 エルシィの執務机にお茶を供しながら、侍女頭のキャリナが問う。

 他の者にとってもこの後の行動にかかわることなので、皆が一様に耳を傾けた。

「わたくしが蛇神様から授かった元帥杖の権能ですけど、領外だとどれくらい使えるのかなって。

 まぁ考えている通りの使い方がもしできなかったら、直掩さんたちを引き連れに一度戻るつもりですけど」


「なるほど。ならば俺とキャリナ、後は近衛のヘイナル、フレヤ、アベルですかな」

 それを受け、ホーテン卿が指折り数える。

「それとカエデもですね」

「アタシもにゃ!?」

 と、エルシィの何気ない言葉に、カエデはねこ耳としっぽの毛をピンと逆立てた。

「ならば四人ほど乗れる馬車と、我ら護衛の騎馬を準備してきますかな」

「では私は旅の準備をグーニーに申し付けて来ましょう」

 そうして、各々は自分の仕事に再び動き出した。

女神様は「たった一割の損耗で戦闘終結」と憂いておられますが、銃のない戦争で一割損耗はむしろ結構デカいです


次の更新は来週火曜になります

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