213街道戦まとめ、そして
ナバラ街道側の小攻防戦が終わった日の夕方。
様子見ということでエルシィが虚空モニターの回路を開いてきたので、砦将クーネルはその戦闘の顛末を報告するに至った。
「まぁこんな具合ですので、まだしばらくは日数稼げると思いますよ」
「よくやってくれました。しかし、そうですか……」
「何かご懸念でも?」
褒められることを期待した訳ではないが、おおよそ満点回答だったと自負する報告に、上司がちょっとだけ不安そうな顔をしたのが気になった。
まぁ、最初のお言葉はたいそう満足気だったので、おそらくこっちに対する危惧ではないだろう、と、クーネルは推察するのだが。
それであっても情報はあって困るモノではない。
何かあるのであれば聞いておきたいのがクーネルの心情であった。
「いえ、何でもないのです。
クーネルさんのお仕事は~ハナマルです!」
ところが、エルシィは一転してまたにぱっとした笑顔に戻ってその憂いを消してしまった。
こうなるともうクーネルは肩をすくめて黙るしかなかった。
続いて、エルシィはカタロナ街道へと虚空モニターの通信を開いた。
こちらは昼頃には緒戦完勝しているので、その後は崩れた崖の復旧作業と、崖の向こうに分断されてまるまる残っていた侵攻軍の制圧という消化試合の様なものである。
もっとも、普通であればその復旧作業にとても時間がかかるのだろうが。
「ええまぁ、うちの騎士警士だけでなく、セルテ侯国軍の連中にも手伝わせておりますし、明日になればバレッタ君がまたアレを撃てるのだろう?」
「ふふん、任せていいわよ」
と、スプレンド卿と陸に上がった神孫の姉バレッタも特段苦労もなさそうな雰囲気であった。
「ユスティーナの様子はどうです?」
「ああ、あの娘は……なんというか、凄まじいですね」
問われ、スプレンド卿が幾分真剣な顔をしてそう答える。
言うより見た方が早い、とスプレンド卿はまるでエルシィを案内するように歩き出した。
もちろん、彼の背についていくのは虚空モニターである。
戦場になった崩落崖から少し後方に、その天幕群はあった。
近づけば、その天幕の中からは穏やかで優美な弦楽と歌声が聞こえて来る。
もちろん、エルシィたちにはもうすでに聞きなれたモノで、その声の主はユスティーナ嬢だ。
スプレンド卿と虚空モニターが連れ立って天幕へと入っていく。
周囲から見えないようにぐるっと布で囲まれた入り口をくぐると、そこには一種異様な光景が広がっていた。
群衆の前で音楽を奏でるユスティーナ。
その旋律に聴きほれる十数のセルテ兵たち。
いや、こういう光景は街であれば然程珍しいものではないかもしれない。
だが、その観衆のうっとりした顔は、いくらユスティーナが人気の歌姫とはいえ、なかなか見られないモノであった。
「こ、これは……」
「ユスティーナ [吟遊詩人ユニット] >> 覚醒スキル:魅了の歌」
エルシィの覗く虚空モニターには、歌うユスティーナの姿と共にそう表示されていた。
彼女の歌はセルテ兵を懐柔するのに幾らか役に立つだろう、くらいの気持ちで送り込んだのだが、どうやら恐ろしい覚醒をしてしまったようである。
というか、もしかすると、と恐る恐るユスティーナのステータス画面を開いたエルシィは、数行に渡る覚醒スキルの一覧に眩暈がする思いだった。
各家臣、まだあっても一つずつしかない覚醒スキルを数行、である。
「と、こんな具合で。
明日の朝には良い知らせがお届けできるでしょう」
スプレンド卿はそっと天幕から離れ、そう締めくくった。
エルシィも複雑な思いを込めた表情でそっと頷いた。
「無理せず、お願いしますね」
「さて、いよいよこちらの番ですな」
両街道の様子に納得して大いに頷いたホーテン卿が、とてもいい笑顔でエルシィに語り掛けた。
エルシィはとても嫌そうな顔で机に突っ伏す。
「えー……やっぱり行かなきゃ、ダメ?」
そのまま両手を伸ばしててろーんとした後に、ちらっと上目遣いでホーテン卿に問いかける。
「姫様、あざといポーズで言ってもダメですぞ」
「だめかー」
このやり取りに、傍で聞いていたキャリナは頭痛がしたようにコメカミをクリクリと指で押さえた。
「実際のところ、姫様の出陣は必要なのですか?」
気を取り直し、キャリナが素朴な疑問を呈する。
すでに防衛は成ったと言えよう。
この期に及んで、わざわざエルシィを担ぎ出して矢面に立たせる必要がどこにあるのか。
キャリナはそう思っていた。
ともすれば、留守居役を仰せつかったホーテン卿が、戦いたい一心でけしかけているだけなのではないか。
ホーテン卿は少しだけ気まずい顔をしたので、おそらくそういう気持ちもあったのだろう。
だがすぐに気を取り直したように咳払いをして、彼女の問いに答える。
「この度の戦争はセルテ侯国が侵略の意図で起こしたのは明確だろう?
そこにはそれなりの必勝の信念があったはずだ」
ふむ、とキャリナ。そしてエルシィが頷いて見せると、ホーテン卿は言葉を続けた。
「というのに、昨日今日の防衛二戦の敗退だけで引き下がるかな?
いや、ここで引き下がったら、両国の関係を悪くしただけで終わる。
何らかの成果が出るまでは、という気持ちでもうしばらくは侵攻軍の手を引きはしないだろう。
そもそも、両街道に来たのはセルテ侯国の全軍からすれば一部なのだ」
そう、そこがセルテ侯国の恐ろしいところだ。
大国ゆえ、人口も多く、そしてそれらを動員すればまだ戦争継続は充分に出来るだろう。
なれば、初戦の敗退くらいで止めない可能性も大いにあるのだ。
これがホーテン卿の言い分であった。
「うーん、わたくしなら早々に損切りしちゃいますけどねぇ」
エルシィは首を傾げながら呟く。
彼女、の中にいる丈二の記憶から判断すれば、初手でこれだけ手痛くやられたなら、とりあえず退いて様子を見るところである。
もっとも、その判断は戦争ではなく、商取引の話ではあった。
「ともかくですな。
ここはひとつ、エルシィ様の親征にて、決着を言い渡してやるのが親切というものですな」
そうか、そういうものなのか。
と、エルシィは魂の抜けるような長いため息をついた。
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