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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第三章 大国の動向編

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212トリブラス

「何事か!」

 これは溜まらない、と転げた者たちを避けて脇を駆け抜けようとした騎馬が、またも派手な転倒をする。

 どうやら何かに躓いたか踏んだかしたようである。

「まずい、止まれ!」

 さすがに将補殿も感づいたが、駆歩の馬がそうすぐに止まれるものではない。

 駆歩と言えばおよそ時速三〇キロ程度は出ている。

 自動車のブレーキだってそこまで高性能ではないのである。


 結果として、将補含むすべての騎馬が何かを踏んだか、他の馬に巻き込まれてその場に転げた。

 転げた上に、さらに地面にあった何かが刺さって叫び声を上げた者もいた。

 それこそが、馬が転倒した原因でもあったのだ。



「何が起こったのですか?」

 目の前の光景に対する驚きで不安がすっ飛んだ秘書女史が上官に訊ねる。

 問いを受け、クーネルはテラスから部屋に戻り、執務机の下の大引き出しから何か鉄の塊を取り出した。

 それは尖った太い針金を捩じり合わせたテトラポッド状の物体だった。

「これをね、忍衆にお願いして、夜のうちに撒いておいたのだよ」

「……これは?」

 秘書は形状からして役割が判ってしまうその品をしげしげと眺めながら、一応訪ねてみる。

 クーネルはとげが刺さらないように(もてあそ)びながら答えた。

「トリブラスという。

 まだ世が戦国の時代だった頃に使われた兵器だな。

 もっとも、地味だし、あまり戦果を誇れる類のものではないので、私も歴史書の中で一回しか見たことないのだけどね。

 今回は領都の鍛冶屋にお願いして数を用意してもらってきたのさ」


 判り易く言えばいわゆる大きなマキビシである。

 そりゃ、こんなのを踏んだら馬だろうが人間だろうがたまったモノではないだろう。


 想像し秘書女史は痛ましい表情を浮かべて、転げた馬たちへと視線を戻す。

 すると今度はそこに正確で容赦ない石弾が降り注いでいた。

 秘書女史はまた驚いてクーネルに視線を向けた。


 あの投石はエルシィの観測あってこその正確さなのではなかったのか。

 そういう疑問が彼女の目にありありと浮かんでいた。

 クーネルは肩をすくめてそれに答える。

「なにも正確な観測投石自体はエルシィ様で無くてもできるよ。

 しかるべき観測者が山にいるからね」

 そう、欺瞞回答として用意した忍衆の観測が、今、役に立っている。

「エルシィ様の観測の優れているところは、まぁ正確性もそうだけど、伝達の速さなんだ。

 観測して、その次の瞬間には投石指揮官へ目標位置を伝えている。

 だから走っている相手でも、ある程度の予想投石が可能になる。

 相手が足を止めて、観測情報の伝達時間さえ稼いでしまえば、近いことは可能なのだよ」


 具体的なプロセスを見ればこうである。

 第一に、山にいる忍衆が転倒騎馬の位置情報を手信号で後送する。

 それを砦の物見が受け取り、土塁下にいる投石指揮官へ送る。

 指揮官がその情報を元に投石兵たちに指示を出す。


 これをワンクッションでやってしまうのが、エルシィ観測のすごいところだ。

 と、クーネルは言っているのだ。


 クーネルは自慢げにチョビ髭を撫でつけて胸を張った。

 秘書女史は感心気に「はー」とため息をついて言葉を続けた。

「太守閣下は、有能だったんですねぇ」

「あんた、あたしを何だと思ってたの……」

 クーネルはズルっと肩を落とした。



 セルテ軍の一〇騎がすべてトリブラス(マキビシ)の影響を受けて転げ、運よくケガの無かった将補氏は地面から半身起こしてこの光景を呆然と眺めた。

 いや、そこからはすぐに回復して咄嗟に後退する。

 そうでなければ頭上から降り注ぐ石弾の雨に打たれるからだ。

「い、いかん。退け、退却だ!」

 自分が、石弾が集中する範囲から無事抜け、今度はハッとして声を上げた。

 そうなのだ。今、自分はこの騎兵隊の長として動いている。

 と、そういうことに遅まきながら気づいたからだ。


 上長の指示を聞き、転倒のショックで唖然としていた騎兵たちもすぐハッとして動こうとした。

 すでにトリブラス(マキビシ)と石弾によって身動きさえできない兵も半数近くいた。

 馬は倒れた時の面積が大きいせいで、ほぼ全滅と言っていい。

 生きてはいる。

 だがケガやショックで動けないのだ。


 そしてまだ無事と言える動ける騎兵たちもまた、そこで躊躇してしまった。


 馬に乗る兵の多くは騎士だ。

 騎士は警士などの武官勢から選りすぐりが、一定の訓練や教育を受けて昇級する者たちである。

 出身の家柄などは然程考慮されないが、それでも小さい頃から文武教育を受けている者も多く、つまりそれなりに裕福な出ということになる。

 騎士でない騎兵も、やはりそういう者が多い。

 なぜか。

 馬を維持するのはお金がかかるからだ。

 馬は財産なのである。


 そういう者が、小さなころから馬の世話もしながら育ってきたので、今、眼前で転げ苦しんでいる馬たちを見れば、見捨てて退くなど感情が許さなかった。

 ゆえの躊躇。

 そして躊躇ゆえに、彼らはまた犠牲者となった。


「撃て!」

 土塁に石弾部隊とは別の数人が姿を見せ、指揮官の声で一斉に手にした弓を放った。

 今回は防衛が主な任であるため、クーネル砦将は弓兵を多くこちらに配置するよう上申していた。

 その進言が通った結果が彼らである。


 もっとも、弓の習熟は投石などとは比べ物にならない鍛錬が必要となる。

 なのでそもそも弓兵の総数自体が少なかった。

 それでも、今、一〇〇メートル先で倒れている数人の敵兵を射殺すには充分な数と言えた。

 もっとも、一射必中とはいかないので、数回の射撃が必要になるのだが。



 セルテ軍将補が許され率いた彼を含む一〇の騎馬兵は、最終的に人間だけが二名、陣へと帰還した。

「痛ましいことであるなぁ……」

 思った通り、いや、思った以上に痛い目に合って戻って来た将補を見て、サイードはとても嫌な顔をしてそう呟いた。

「トリブラス」で検索するとおそらくハマビシやサプリばかり出てくると思いますので、詳細を調べたい方は「カルトロップ」でどうぞ


次回の更新は来週の火曜日予定です

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