211イキリ将補
さて、少しだけ時間を戻しセルテ侯国軍サイドの様子を見てみよう。
どれほど戻るかと言えば、せいぜい三〇分
ちょうどお昼時を過ぎた頃だろう。
その時、ナバロ街道を進むセルテ侯国軍を率いるサイード将軍は、ハイラス領軍の忍衆を捕らえるべく山側へ分け入った兵たちの報告を待つ身であった。
その報告も、思うようにやっては来ず、ただ、ジリジリと時間が過ぎるのみである。
「サイード将軍。いつまでこのようにジッとしておられるのか」
と、イライラしているサイード将軍の元に、さらにイライラさせるべく三人の男たちたちがやって来た。
もっとも、彼らには「サイードのやつをイライラさせてやろう」なんて気はなく、むしろ彼らの方こそイライラしていた。
一人は将軍、副将に次ぐ官位である将補の地位にある男で、それ以外はいずれかの輔佐や部隊長のようだ。
おそらくこのイライラ将補の取り巻きだろう。
「何用か。
その方らの率いる兵たちの支度は済んでいるであるか」
怒鳴りつけてやりたい気持ちをグッとこらえ、サイードは静かに問う。
だが、そんな「出来るだけ穏やかに済まそう」という気持ちも通じないようで、イライラの将補たちはズンズンと詰め寄って来た。
「支度?
一時的に陣を整えるだけの簡単な作業、とっくに終わっております。
それより、いつになったら再突撃をするのですかな?」
この言葉にサイードは大きくため息をついて見せる。
「無策に飛び出せば昨日の二の舞でござろう。
今、あの石雨の元凶の一つである山衆を狩りだしておる。
しばし待たれよ」
最初に撃退された原因である石弾の雨。
あの正確な曲射を可能にしているのが山側にいる観測兵だ。
というのがサイード将軍の結論だった。
それを排除しないことには、何度攻め寄って同じことである。
もっともそれはクーネルが用意した常識的な欺瞞回答だったわけだが、エルシィのずるっこい存在を知らなければそれが妥当な回答である。
「なにを悠長な!」
しかしその理性的なサイードの判断をこの将補は跳ね飛ばすように声を荒げた。
「我々に求められているのは電撃的な侵攻作戦でありましょう。
それをこんな場所で足踏みでは、敵に時間を与えるだけです。
それに……敢闘精神を疑われても仕方ありませんぞ」
あほでござろうか。
サイード将軍は思わずポカンとした顔で将補を見てしまった。
そもそも敵に時間を与えるも何も、砦まで築かれているのだ。
これ以上ない程に準備されている。
こうなれば電撃作戦も何もない。
電撃作戦は、相手に準備される間もなく完遂せねば電撃作戦ではないのだ。
つまり、もう作戦概要がそもそも崩壊しているのである。
こうなればある程度腰を据えて攻略しなければどうしようもない。
まぁ、あまりにかかるようなら、一度侯爵陛下にお伺いを立てるべきであろう。
その為にも、ある程度の状況把握は必要なのであり、その為の足踏みともいえる。
ところが、この将補はそこまで頭が回っていないようだった。
なんでこんな奴が将補なのだ。
サイードはもう一度、ため息をついて、将補とその腰ぎんちゃくを見回した。
言葉を尽くしても理解し無さそうだ。
仕方ない。
「良かろう。
様子見に一隊出すことを許可しよう。
貴殿が率いて突撃するがいい」
「はっはっは、出陣の誉を拝受いたします。
別に私があの砦を落してしまってもかまわんのでしょう?」
「……ああ」
サイードは言外に「出来るならな」と付け加えた。
まったく、たかが騎兵一隊、一〇騎程度で何ができるのか。
そうして早速、セルテ侯国軍から一隊が飛び出して砦へと向かった。
これがハイラス側の砦将クーネルとその秘書女史が見ていた一隊である。
「どうするのですか?」
砦のテラスからこの光景を眺め、秘書官の女性が上官である砦将クーネルに訪ねる。
彼女は軍人ではなく、あくまで太守クーネルの秘書でしかないので、この戦場においてはハラハラし通しだ。
ところがクーネルの方はと言えば涼しい顔で手を挙げ、無言でどこかへ何か指示を出した。
その指示を受け取るのは、昨日同様土塁の内側にいる投石指揮官と、山側にいる忍衆だ。
後は手筈通りに彼らが上手くやってくれるだろう。
そう確信してクーネルはフッと肩の力を抜いた。
「あとは仕上げを御覧じろ。だな」
クーネルの言葉に、秘書は怪訝そうに眉を寄せた。
たかが一〇騎、されど一〇騎。
野戦であれば状況を変えることができる最低限の戦力と言えよう。
その騎士を率いた将補が叫ぶ。
「いいか、石弾が降って来ようとも足を緩めるな。
着弾前に駆け抜けてしまえばこっちのものよ!」
彼は、昨日の敗因は予想外の投石攻撃で速度を落としたことだと考えていた。
だからこそこのように指示を出した。
確かに、理論上の話だけすれば、石が降って来るより速く走れば当たりさえしないだろう。
実際にはエルシィが上空から観測した上での地点予測射撃だったので、そう簡単な話ではない。
だが、こういうものは傍から見ていると自分の理論で簡単に状況を覆せると思いがちなのである。
これを「スポーツ観戦オヤジの理論」という……のを今、考えた。
さて、彼らは石より速く駆け抜けることができるのか。
結果を言ってしまえば、やはりそう簡単にはいかなかった。
一〇騎のうち、先頭にいた騎兵が急に派手な転倒をしたのである。
なぜウマが転倒したかは次回で
次の更新は金曜日です




