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じょじたん~商社マン、異世界で姫になる~  作者: K島あるふ
第三章 大国の動向編

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205/470

205分遣軍の将

挿絵(By みてみん)

「なかなかいい景色じゃねぇか。なぁ?」

 シモンは馬上から海を眺め、そんな暢気なことを言いながらカタロナ街道を進む。

 一見、ちょっと歳いったチンピラ風のこのシモンという男は、セルテ侯国侵征軍の副将である。


 では彼が将としての器を持つ男なのかと問われれば、多くの人間がひそやかに首を傾げるだろう。


 我らが姫殿下エルシィの治めるハイラス領を攻め盗ることを決めたセルテ侯は、国内最強と名高いサイードを侵征軍の将と任命した。

 ところが、かのサイード将軍の周り着任した将官たちと言えば、一級線とは言えない人材ばかりだった。


 なぜそんなことになったのかと言えば、セルテ侯国の国土が広いことに由来する。


 セルテ侯国は比較的内陸国であり、多くの国と陸続きで接しているのだ。

 つまり、各々の国境線を守る人材が必要ということになるわけで、つまり、一級線といえる人材は、この侵征軍においてサイード将軍だけだった。


 シモンから話を振られた副官の男は、少し面倒そうな顔で海を見る。

 確かに、美しい海だ。

 カタロナ街道から望む海と言えば、これはハイラス領西岸からセルテ侯国沿岸、そして北部はグリテン半島まで延びる海岸線の一部であり、大きく湾曲したこの地形によって広い内海の奥座敷となっている。

 ゆえに、この海は穏やかで豊かな海だった。


 しかし、そんな暢気なことを言っている場合なのか。

 というのが副官の言い辛い本音であった。


「シモン閣下。そろそろ一度、行軍の脚を止めて様子を見るべきだと、何度か具申差し上げましたが……」

 これまた言い辛そうに副官が声を絞り出す。

 そう、彼はこの穏やかな街道の行軍を止めるよう、今朝から言っているのだ。

「おう、何度も聞いた。しかしよ、必要あるか?」

 だが、結局のところシモンから返って来るのはそんな言葉だった。


 副官はため息交じりに、これまた何度目になるか、根拠を口にする。

「今朝から街道を先行させている斥候が戻ってきておりません。

 この先で何かあったのではありませんか?」

「何かって? 何があるってんだよ。野盗でもいるってか?」

 シモンは慎重な副官をあざ笑うように言い、そして馬足を緩めもせずに進む。

「野盗程度なら八〇〇からなる我が分遣軍の心配事にはならないでしょう。

 しかし、それがもしハイラス領の軍であれば、みすみす罠にハマることになりかねますまい」


「それこそまさかだ」

 シモンは鼻で笑った。

「我らセルテ侯国は宣戦を布告したわけでもなければ、外交を通じて『これからおたくを侵略しますよ』とも言っていない。

 いわばこれは奇襲なんだよ。

 暢気なハイラスの連中がおいそれ気づくわけねーだろ」


 元々、ハイラス伯国を治めていた伯爵家とセルテ侯爵家は近しい親類として、長年良い関係でやってきた。

 だからこそ、国境を陸続きで接するのがセルテ侯国だけだったハイラス伯国は、長年セルテ侯国に対する警戒など毛ほども考えていなかった節がある。

 シモンはそのことを引き合いに出して「平和ボケのハイラス人に、そんな罠を仕掛ける能があるわけない」と言っているのだ。


 だが副官の考えは違うようで、かのシモンの言葉を憮然と聞いて首を振った。

「いえ、ハイラス伯国はすでに滅び、今はジズ公国が姫殿下が治めております。

 旧伯爵家のように考えるのはいささか軽率かと思いますが」

「考えすぎだろ」

 シモンはそんな副官の言を一笑に付して肩をすくめた。


 シモンだって旧伯爵家が滅びたことは知っているし、それによってハイラス領を差配しているのが八歳の子供だということも知っている。

 しかし知っているからこそこう思うのだ。

 「たかが八歳のガキになにが出来るというのか」と。

 そもそも、為政者が変わったからといって、たった数ヶ月でそこに住んでいる国民の意識などそうそう変わるモノではない。


 結局のところ、その国民という群衆の性質が変わらない以上、ハイラス領が降しやすいことには変わりない。

 と、シモンは思っているのだ。


 副官は、これ以上言ってもシモンの考えは変わらない、と判断して大きなため息を最後に沈黙することにした。

 まぁ、実際のところ彼だって杞憂だと思っているのだ。

 それでも、少しでも懸念があるのなら、それをあえて進言するのが副官の仕事でもあると彼は思っていた。

 つまり、彼は真面目なのである。

 不真面目な上官に胃をキリキリさせる程度には。



 打って変わってハイラス主城の執務室。

 エルシィは一つの虚空モニター越しに、カタロナ街道から望む穏やかな海にたゆたう神孫の姉の方、バレッタと会話していた。


「お姫ちゃん、あの人たち、ちっとも止まらないわよ?」

「あれー、おかしいですね。

 斥候を帰さなければさすがに警戒して足を止めると思ったんですけど」

 そう、セルテ侯国侵征軍のシモンは、その適当さゆえにエルシィたちのこの小さな策を回避していた。


 とは言え、それは被害の大小が変わる程度の話である。

「仕方ありませんね。

 では街道が曲がるタイミングなど、行軍速度が少し緩む時を見計らってやっちゃってください」

「わかったわ。まかせて!」

 バレッタは海上で白イルカのホワイティに乗ったまま、元気よくそう答えた。

次の更新は来週の火曜日です

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