204カタロナ街道の様子
ハイラス領都天守四層にある執務室に集まったのはエル・クリークと呼ばれるエルシィの側近衆だ。
側近衆とはキャリナのような侍女だけでなく、普段から近隣で警護するアベルやフレヤ、他にもエルシィの家臣として取り立てられつつも官職に着かず遊撃的な仕事を振られる吟遊詩人のユスティーナなども含む。
また家臣登録はされていないまでもエルシィの秘書的参謀的仕事を任される一人である旧伯爵家のライネリオなどもいる。
さらに言えば今回は領都留守居役として残っているホーテン卿もまた、先日から執務室に日参していた。
「さて、今日は動きありますかね?」
執務机の席に着いて集まっている面々の顔を見渡し、エルシィはそう言いながら元帥杖をちょいちょと振るって数枚の虚空モニターを出す。
アンダール山脈から見れば東側のナバラ街道、そして西側のカタロナ街道の様子が、さらにアンダール山脈中の数か所が映されたモノがある。
それぞれにエルシィの指令を受けて動く者たちが画面の端々に見えた。
「ナバラ街道の方は昨日でひと段落してしまいましたからな。
サイードのヤツも今日のところは物見を放って様子見でしょう」
そう答えるのはハイラス鎮守府にて騎士府総長の任に着く、いわば軍部トップの一人であるホーテン卿だ。
エルシィ始めとした軍事に明るくない者たちは「なるほど」と頷いた。
砦と土塁、堀などで封鎖されたナバラ街道。
しかも近付けば容赦なく土塁の向こうから飛んでくる無数の石弾。
自分が攻める立場だとしても、何の対策なく接近できるものではない。
「なら今日のメインイベントはカタロナ街道の方になりそうですね」
そう言ってエルシィが目を向けた方には三枚の虚空モニターが浮かんでいる。
それぞれ、カタロナ街道を見張るアンダール忍衆を映した山中のモノ。メイン戦場と想定される街道上空からのモノ。そしてハイラス領側で陣を構え待っているハイラス防衛軍を映すモノの三つである。
この海岸沿いの街道、縮尺が大雑把な地図で見るとほぼ直線のように見えるが、実際には海岸にそって曲がりくねっているし起伏も多くある。
昨日激突があったナバラ街道側ではそうした変化が少なく広がりがある場所を選定して砦を作っていたのだ。
対して、実はカタロナ街道側では砦建設をしていない。
地形的にはたいして変わらないので、あえて作らなかったのである。
なぜか。
いくら人員資材を集中することでより早く設えることができるとは言え、やはり大きな防衛用の構造物を東西両ヶ所に造るのは負担が大きい。
ゆえに、砦建設は片側に集中し、こちらでは街道上の野戦にて決着をつけようという防衛思想を採択したからだ。
簡単に言えば、ナバラ街道を防御力重視、カタロナ街道を攻撃力重視、という構成である。
カタロナ街道に布陣しているのは、スプレンド将軍率いるハイラス領主力となる兵軍となる。
もちろん、彼らは常に兵馬を揃えて待ち構えているわけではなく、街道上の比較的広い場所に野営陣地を展開して仮生活をしている。
今もエルシィたち同様に朝食を終えて、後片付けや訓練に励んでいるところだった。
「おはようございますスプレンド将軍。皆さんの様子はどうですか?」
「おはようございますエルシィ様。
こちらは皆、いたって士気高く健やかに過ごしております。
ちょっとはしゃぎすぎ食べ過ぎて、お腹をこわした者が数人いるくらいですね」
画面の向こうで金のサラサラヘアをなびかせた老美丈夫スプレンド卿がそんなことを言うものだから、エルシィはきょとんとして首を傾げた。
「はしゃいでる方がいるのですか?
これから戦争なのに?」
「はは、まだ実感がないのかもしれませんね。
珍しく野営などしているものですから、行楽気分の者もいるのですよ」
「少し緩み過ぎではないか?」
気楽に答えるスプレンド卿に、眉をしかめたホーテン卿がそう苦言を呈する。
「なに、敵が近づいてきたら気を引き締めるさ。
ずっと張り詰めていたら身体が持たない」
そう言われればホーテン卿も渋々納得して頷いた。
ちなみに旧伯国の終了のお知らせに伴い解散された将軍府だったが、此度は戦時ということでまた再結成した。
「将軍府、必要ですかね?」
というエルシィの疑問には、微笑みを崩さない貴公子然としたライネリオが静かに答えたものだ。
「無くても軍の編成や迎撃についてあまり不都合はないでしょう。
ただ、将軍府という体裁を整えることで『今は非常時である』と国民に知らせることが可能で、また予算などもつけやすいのですよ」
こう聞けば、エルシィも「ほうほうなるほど」と感心して、将軍府の再結成をいちもにもなく承認した。
さて、そうして戦場に気を配りつつも、エルシィは国家運営の仕事も並行して執り行う。
ここ鎮守府執務室には先ほどからちらほらと各司府からの官僚たちがやって来ては報告をしたり書類を置いたりしていく。
エルシィはそれに対して細かい指示や承認をしたり、ぺったんぺったんとハンコを押して書類を返したりしている。
キャリナやライネリオ、そしてアベルとフレヤにとってはいつものことなので、それぞれがそれぞれの仕事に従事する。
具体的に言えばキャリナ、ライネリオはやはり執務の補助を行うし、アベル、フレヤは出入りする人間のチェックや、さりげなくエルシィを庇う様な護衛動作に余念がない。
そうするとホーテン卿やユスティーナのように普段ここにいない者たちが手持ちぶたさになりそうなものである。
ところが、彼らは彼らでそれぞれの虚空モニターの前に陣取って、そちらの様子を窺い連絡役に勤めている。
ホーテン卿などはスプレンド卿やナバラ砦の将であるクーネルと軍事会議という名の戦術談義をしたりもしている。
そうして本日の執務業務が始まって小一時間も過ぎた頃。ついにカタロナ街道側で動きがあった。
「忍衆カタロナ街道班より連絡。
昨日午後からカタロナ街道に入ったセルテ侯国の兵群が動き出しました。
昼前には接敵範囲に入るかと思われます」
これを聞き、エルシィ他のメンバーは執務の手を一時止めて顔を上げた。
「セルテ側の斥候さんはどうしておりますか?」
「はい。指示通り、適当なところで捕らえて閉じ込めております」
「大変結構です。ではスプレンド卿も準備にかかってください」
「お任せください」
ナバラ街道の激突から一日遅れで、にわかにカタロナ街道も騒めき始めた。
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