201石雨のからくり
さて少しだけ、サイード将軍率いる八〇の騎馬軍団が土塁に迫った直前まで時間を戻し、土塁の内側を見てみよう。
土塁を挟んで向こう側から騎馬が突撃を開始した時、その内側ではちょうど相対する位置に二〇〇からなる集団が整列していた。
皆、身体は土塁に向いており、相対する土塁側には彼らの方を向いた指揮官が一人立っていた。
彼らは皆、この砦に詰めている兵ではあるのだが、兵というにはその装備が貧相であった。
いや、みすぼらしい、という意味ではない。
どれも身軽な服だけを着込んで、剣や槍と言った武器を持っていないが故に「兵士に見えない」という意味である。
代わりに彼らが身に着けているのは、投石紐と石が数個入った腰カゴだった。
そしていよいよ、壁際に立った指揮官の手が挙がった。
声は発していない。
それどころか誰もが無言だ。
指揮官が挙げた手には木製のパネルが掲げられており、そこには大きく文字が書かれている。
それを見た兵たちは、決められた手順を守るように腰カゴから手ごろな石を一つ取り出すと、投石紐にはめ込んだ。
「準備できた者から三連、撃て! そのあとは各自で弾を補充し位置に戻れ」
壁際の指揮官からついにそう声が発せられる。
二〇〇の兵はすぐさま揃って壁の向こうへ石雨を降らせた。
「エルシィ様、次のご指示を」
頭上を飛んでいく数々の石を満足そうに見送った壁際の指揮官は、小声でそう振り返る。
彼の向けた視線の先には、虚空に浮かんだ四角い小窓があった。
ご存じ、エルシィの元帥杖により呼び出された虚空モニターだ。
モニターの向こう側はナバラ街道砦より数日離れた距離にあるハイラス領主城の執務室に繋がっている。
そこにいるのは当然ながら我らが公女殿下、エルシィだ。
「はいはい、ちょっと待ってくださいね」
エルシィは現場指揮官からの求めに軽い返事で応じると、もう一枚のモニターに目を移す。
こちらは土塁の内側と向こう側をすっかり映す上空からの絵になっていた。
「あー……外の騎馬軍団さん、左に曲がりましたね……。
そうですねー、ブロック『あ』の『二』です」
「了解しました」
現場指揮官が短く敬礼を挙げ、そしてすぐに受けた情報から判断した、次の指示を書いたパネルを掲げる。
投石兵たちはすぐさま地面に描かれたマス状の図形に従ってパネル指示の位置に移動、次の投石命令の声を待った。
それはすぐ数秒後の事である。
「これは……何とも恐ろしいですな」
この様子をエルシィの背後から覗き込んでいた老騎士ホーテンがそう呟く。
つまりこれは、上空から見渡すことが可能なエルシィがいてこそ可能な迎撃システムである。
エルシィが虚空モニターを使って上空から戦場を俯瞰し、土塁向こうに控えている家臣化した指揮官へ敵の位置を伝える。
すると指揮官はその場所に向けて石雨を降らせられる位置へと兵を移動させ、そして斉射の指示をするという具合である。
高い物見塔を用意することで同様のことが可能ではあるが、そうすると敵から弓などで観測兵が攻撃される恐れもあるし、通信機のない状況では情報伝達も正確性に欠けることもあるだろう。
第一、真上から見るわけではないので、どうしても観測の誤差が出るし、その誤差を見極めるにはそれなりの修練が必要になる。
そこ行くとエルシィを介在したこのシステムなら、かなりの省力化された状況で運用できてしまうのだ。
真上から見ることができ、そして虚空モニターにヘックスを表示させることで距離だって簡単に、正確に測ることができるのだ。
また兵はあらかじめ、決まった位置に動き、決まった方向へ石を投げる訓練を繰り返すだけで良い。
さらに言えば土塁や砦を作る土木工事のおかげで、投げる石には困らない。
対策はいろいろ考えられるだろうし、カラクリを知られてしまえば無敵ではないだろう。
が、それでも実情を知らない相手からすれば何をされているかわからない、気味の悪い恐ろしさがある。
まぁ、今はそれで十分と言えた。
現に十分な成果を挙げつつあった。
そして投石を数度繰り返すうちに、セルテ騎兵は一度後退を決意して最初の陣へと戻って行った。
「ふひー、何とか予定通り緒戦はクリアしましたねー。
後はまかせて大丈夫ですか? クーネル砦将殿」
「そうですな。あとはまぁ、上手いことやっておきましょう」
さらに別の虚空モニター越しで、当の砦の将であるチョビ髭太守クーネルが、エルシィの言葉に応えて胸を叩いた。
実際のところ、ナバラ市府の太守仕事が山積みのクーネルである。
だが、それでも元々軍人としてやって来ている人間なので、軍務の方がなんぼか気持ち楽だった。
しかも今回は上司によって大半のお膳立ては出来ているという。
後を引き継いでのらりくらりとやっていくのは、クーネル、得意中の得意なのである。
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